か」
勘「然《そ》うでげすね、此の頃は大変様子が宜《い》いから、ね、お父さんなどは何うも少し顔色が違えやして、此の頃じゃアにこ/\して居やす、私《わっち》にも此の間手拭を呉れたね」
姐「手拭を貰ったと、何《な》んで貰ったんだい」
勘「何んだって度々水を汲んでやったり何《なん》かするんで大きに色々お世話に成るって呉れましたが余《あんま》り好《い》い心持だから匂いを嗅いだが、些《ち》っとも好い香気《におい》はしませんね、矢張《やっぱり》手拭の臭いがした」
姐「あの娘《こ》なんぞに何か貰いなさんなよ、何《なん》でも旦那が附いたに違《ちげ》えねえノ」
勘「えゝ、何《な》んだか知りませんが、其の旦那てえのが些《ちっ》とも来るのを見た事がねえ、何でも夜中《よなか》に来るんでげしょうよ何処《どこ》かへ参詣《おまいり》に行《ゆ》くって時々出え/\したが、何処か知れない処で逢ってお金を貰って来るんでげしょう、あの親父が此の間|髭《ひげ》を剃りましたよ白髪交りの胡麻塩頭を結《ゆっ》て新しい半纏を引掛《ひっかけ》て坐って居ますが大きに様子が快《よ》くなって病人らしく無く成ったが、娘《ねえ》さんも襦袢に新しい襟を掛けたぜ、好《い》いもんじゃア有りやせんが銘仙か何《なん》かの着物が出来ておつな帯を締《しめ》ましたよ、宜《い》い装《なり》をすると結髪《むすびがみ》で働いて居る時よりゃア又|好《よ》く見えるね、内々《ない/\》魚などを買って喰う様子でげすぜ、此の間も魚屋が来たら何が有る、鱈……それじゃア鱈をお呉れって鱈を買いやしたが病人に鱈は宜うごぜえますのかね」
姐「そんな事を気にしなくっても宜いが何うも様子が訝《おか》しい」
勘「私《わっち》も娘《ねえ》さんの顔が見てえから時々|行《ゆ》くんです」
此の勘次が毎日の様に来ては手伝いますから気の毒だと思って居ます処へ又来て、
勘「お筆さん水を汲んで上げやしょう」
筆「おや勘次さん毎度有難う」
勘「なにどうせ幾度も汲みに行《ゆ》くんで、宅《うち》の姐さんは清潔家《きれいずき》でもって瓶《かめ》の水を日に三度|宛《ずつ》も替えねえと孑孑《ぼうふら》が湧くなんてえ位で、小便にでも行くと肱《ひじ》の処から水をかけて手を洗うてえ大変なものでえへゝゝどうせ序《ついで》でげすから遠慮するにア及びやせんよ」
筆「誠に毎度有難う」
勘「お父さん今日は……えへゝゝ、いえ何う致しやしてどうせ序が有りやすから、何《な》んでげすねお筆さんは親孝行でお前|様《さん》はお仕合せで本当に御運が好いんで、えへゝゝ」
孫「なに然《そ》うでも有りませんのさ」
勘「此んな好い子を持ったのは貴方の御運が宜《い》いのでさア」
孫「なに運が善《よ》い事も有りアしません、今じゃア腰が脱《ぬ》けて仕舞って何《なん》の役にも立たなく成ってますから、併《しか》し毎度有難うございます、娘《これ》一人で何事も手廻りません処を貴方が水を汲んで下さったり、其の上御親切に姐さんが又度々気を注《つ》けて下物《おかず》を下さり、誠に有難う存じますお蔭で親子の者が助かります、貴方姐さんに宜しく仰しゃって下さいまし」
勘「じゃア姉さん汲んで上げよう」
と井戸端へ行って水を手桶に三杯も汲んで遣りました。
筆「ちょいと/\勘次さん少し待って下さい」
勘「え何《なん》です」
筆「少し上げたいものが有りますから、手拭の貰ったのがあるんです」
勘「又手拭をかえ……此の間も貰ったのに…」
筆「いえ詰らんのですが持って行って下さいよ」
是から千代紙で張《はっ》て有る可笑《おかし》な箱の蓋を取って、中から手拭を出そうとする時、巾着の紐が指に引懸って横になるとパラ/\/\と中から金子《かね》が散乱《ちらばっ》たから慌てゝお筆が之を隠し手拭を一筋《ひとつ》に一朱銀を一個《ひとつ》出して、
筆「誠に少し許《ばか》りでございますけれども、毎度御厄介に成りますから」
勘「何う致しまして、是は何うも、えへゝゝ何うもお気の毒で、誠に有難う」
と礼を云いながら心の中《うち》で大層|金子《かね》を持《もっ》て居やアがると斯《こ》う思いました。口々に分けては有りますが下へ落ちたが二十両許りザラ/\/\と云うのを慾張た眼で見ると五六十両も有ろうと思いました「此奴《こいつ》ア成程姐さんの云う通り何《なん》でも彼奴《あいつ》は良《い》い旦那どりをしてこっそり金を呉れる奴が有るに違《ちげ》えねえ、彼様《あん》なけちな千代紙で貼った糸屑を入れて置く箱ん中の巾着からザクリと金が出るんだからね」と此の勘次と云う奴は流山《ながれやま》無宿《むしゅく》の悪漢《わるいやつ》でございますから、心の中《うち》で親父は病気疲れで能く眠るだろうし、娘も看病疲れで寝るだろうし、能く寝付い
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