もない、私の綿入羽織が有ったろう、お前さんの身装を軽蔑《けなす》んじゃアございませんが是は古くって一旦|染《そめ》たんで、一寸《ちょっと》余所《よそ》へ行《ゆ》く時に之を着て出て下さると私《わたくし》は鼻が高い、然《そ》うして姉《ねえ》さんは是非寄越して下さいよ」
清「是は何共《なんとも》何《ど》うも御親切千万有難う、親子の者が窮して居りまするのを蔭ながら御心配下され、着物がなければ貸して遣ろうと仰しゃる思召《おぼしめ》し、千万|辱《かたじけな》い事で、御親切は無にいたしません、然《しか》らば拝借を願います」
蓮「姉さんを屹度《きっと》お寄越しなさいよ」
清「何《ど》のようにも是は願わなければ成りません、筆も嘸《さ》ぞ悦びましょう」
金「お筆さんと云いますか、私は始めてお名を覚えました宜しく」
清「左様なら拝借を致します」
と清左衞門|悉《こと/″\》く悦んで、ニコ/\しながら家《うち》に帰って来ました、娘お筆は、寒さの取附《とっつき》だと云うにまだ綿の入った着物が思うように質受《しちうけ》が出来ず、袷《あわせ》に前掛だけで短い半纒に幅の狭い帯を締てお筆は頻《しきり》に働いて居ります。
筆「おやお帰り遊ばせ」
清「今日は風が吹くんで往来も繁くないから早く帰って来た」
筆「私がお迎いに出ようと思って居りました処で、大層にこ/\笑って在《いら》っしゃいますね」
清「お家主《いえぬし》さんが御親切に色々仰しゃって下さり、それにあのお内儀さんは綿を紡む内職が名人だそうで近所の娘達も稽古に来るからお前も遣《よこ》したら宜かろうと、色々と御親切に仰しゃって衣類まで貸して下さり、此の通り私《わし》に綿入羽織にしろと被仰《おっしゃ》ってこれを貸して下すった実に御親切な事で恐入った訳で、仇《あだ》に思っては成りませんぞ、実に仕合せな事で、何《ど》うか一生懸命に覚えて呉れるかね」
筆「お父様《とうさま》、私《わたくし》は一生懸命に神信心をして上手に成ってお父様のお手助けをいたし度《と》うございますから御心配なく、来年の夏迄には屹度《きっと》一人前に成りますから」
清「然《そ》う早くも覚えられまいが其の心得で居れば宜《よ》い」
と直《すぐ》に貰った着物を着せて礼に遣ると此方《こちら》は嫁に仕様と思うのでございますから、ちやほや致し是から綿紡みを教えまして出来ても出来なくても、あゝ能く出来た、お前のはお店《たな》の受けが好《よ》い是は光沢《つや》が別だと云うので手間を先へ貸して呉れるように致して万事に気をつけて呉れるから大仕合《おおじあわ》せで、其の内暮になると何か手伝いをして遣り度《た》いと思って居る処へ清左衞門が礼に参りました。
清「エヽ御免を蒙《こうむ》ります」
金「おやお出《いで》なさい斯《こ》うなって近々《ちか/″\》お出でになるに、然《そ》うお前さんの様に窮屈で悪固《わるがた》くっては困る」
清「何うも私は武骨者で困ります、段々とお世話様に相成り何共《なにとも》お礼の申し上げようが有りません、先達《せんだって》は又出来もせんものに、前以《まえもっ》てお給金を頂戴致し、中々今からお手間などを戴けるわけのものでは有りません」
蓮「なアにお前さん何日《いつ》でも旦那と噂をして居るの、大層お店《たな》の受けが宜《よ》い事、ちょいとお前さん早くお出しなさいよ」
金「あれはね其のどうせ来年の三月迄の手間賃で、私が上げる訳じゃアない、店《たな》から来たんだから遠慮をしてはいけない、是はね私の心許《こゝろばか》りのお歳暮でお筆さんに上げます、家内がお年玉をって、今から年玉を上げるのも可笑《おか》しいが、どうせ上げる物だからお歳暮と一緒に預かって置いて下さい」
清「是は何うも暮の二十八日にお年玉を、是は千万|辱《かたじけ》ない事で」
蓮「それから正月のうちはね、女子供は皆《みんな》美《よ》い身装《なり》をして来るから、貴方もお筆さんに着せ度《た》くお思いでしょう、また追々《おい/\》春の手間で差引きますが、年頃の娘の事ですから皆の身装を見たら羨《うらやま》しくも思いなさろう、仮令《よし》其様《そん》な気がないにもせよ、お筆さんばかり悪い身装をして来る訳にもいきますまい、是は台なしに成って今は不粋《ぶいき》ですが、荒っぽい小紋が有るんです、好《い》いンじゃアないんですが、お筆さんは人柄だけに小紋の紋付はお似合いだろうと思って、仕立屋へ遣ったんではないので、家《うち》で縫ったんですよ、夫《それ》に帯は紫繻子《むらさきじゅす》が宜かろうと、斯《こ》う云う訳で、赤い物が交《まじ》って気に入らないかも知らないが、朱《しゅ》の紋縮緬《もんちりめん》と腹合せにしてほんのチョク/\着るように、此の前掛は古いのですが、二度ばかりっきゃ
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