押込んで、腰の抜けた親父一人残して置くてえ家主《いえぬし》の根性が分らねえ、お救米《すくいまい》でも願って遣るが宜いんだ、此間《こないだ》も甚公《じんこう》の野郎が涙を溢《こぼ》し乍《なが》ら、あの娘《こ》は泥坊なぞをする様な者じゃアねえ彼様《あん》な娘はねえって然《そ》う云ってた」
×「おー其んなことを云いなさんなよ、係合になると宜《い》けねえぜ」
と制しても中々聞きません。すると他の一人が、
△「係合いになるって余《あんま》り癪に障らア今度奉行が替ったか、一体奉行が理由《わけ》が分らねえ」
×「おい止せてえのに」
△「云ったって宜い、なッてえ、糞放《くそったれ》め、罪もねえ者を無闇に牢の中へ放り込んで、金を呉れた盗人《ぬすっと》がふん捕《づか》まるまで、牢の中へ入れときやアがって面白くもねえ、本当に癪に障って堪らねえや、些《ち》っと風が吹くと路次は六ツ限《かぎり》に木戸を締《しめ》っちまうんで湯が早く抜けちまっても困らア職人は、彼《あ》の娘《こ》の親父は腰が抜けてるてえから己《おら》ア可哀想でならねえ」
とシク/\泣出しました、
×「泣上戸《なきじょうご》だな、泣きなさんなよ、涙を零《こぼ》して見っともねえ鬼の眼に涙だ」
△「鬼でも蛇《じゃ》でも構ア事アねえ、余《あんま》り口惜《くや》しいから云うんだ」
×「おい、止せてえ事よ」
話をして居ますると衝立《ついたて》の陰《かげ》からずいと出た武家《さむらい》は黒無地の羽織、四分一拵《しぶいちごしら》えの大小、胸高《むなだか》に帯を締めて品格《ひん》の好《い》い男、年頃は廿七八でもありましょう、色白で眉毛の濃い口許《くちもと》に愛敬の有る人物が、
武家「是は何うも大分《だいぶ》機嫌だのう」
△「えへゝゝ是は殿様………御免なさい、隣席《となり》にお在《い》でとも存じやせんで」
武「いや衝立の陰で先刻《さっき》から一盃やって居た、職人のお前達の話は又別段で」
△「えへゝゝ旨く云ってらっしゃるね」
×「殿様御免なすってから大きな声をして、此奴《こいつ》ア少し喰《くら》い酔ってるもんですから詰らん事を云って、何卒《どうぞ》お構いなく彼方《あちら》へお出でなすって」
武家「あはゝゝ馳走になろう、合《あい》をしよう、もう一銚子附けさせろ、身共も一盃馳走に成ろう」
△「えへゝゝ旨く云ってらア、殿様は如才《じょさい》ねえや、巧《うめ》えや」
武「酌を仕様」
×「いえ殿様、此方《こっち》でします」
武「いや酌をしよう」
△「えへゝゝ是は有難うございます、何《いず》れお浮れでございますな、昨夜《ゆうべ》廓内《なか》へ行って」
武「うむ、廓内へ行って来た」
△「えへゝゝ殿様なんざア男が好《よ》くって美《い》い扮装《なり》だからもてやすが、私《わっち》どもはもてた事はなく振られてばかり居ても行き度《た》えから別段で」
武「何うだ猪口《ちょく》を貰おう」
△「御免なせえまし、水を貰いましょう、おい女中茶漬茶碗へ水をよう、なッてえ、宜いから黙って居ろい」
武「水などで灌《そゝ》いでは水臭い、其んな事をせんでも宜しい」
×「兄い止しなよ」
△「宜いよ黙って居ろえ」
武「是は何うも、酒の嗜《す》きな者は妙なものだ、が今聞いて居たが、何か其の京橋|辺《へん》の数寄屋河岸の柳番屋の陰で金子《きんす》を貰った娘《むすめ》が有るとか云う話だが、それは何う云う訳だ」
と云われた時は両人は驚きわな/\しながら。
△「へえ」
×「だから止しねえと云ったんだ大きな声をしてパッパと云うから宜《い》けないんだ」
武「何も心配な事はない何かえ夫《そ》れは」
△「へえ………誠にどうも、喰《くれ》え酔って居まして大きに不調法を致しました、真平《まっぴら》御免なさいまし」
武「いや不調法な事は些《ちっ》ともない、柳番屋の処へ袖乞いに出る娘に武家《さむらい》が金子を遣ったんだな」
△「へえ、何うも明瞭《はっき》り分りませんので」
武「いや分らん事はない、今お前が話をしたではないか、何《なん》と云う者の娘だえ夫《そ》れア」
×「殿様|此者《これ》は喰《くら》い酔って居まして唯詰らねえことを云ってたんで出鱈まえで、唯|茫然《ぼんやり》、変な話なんで、嘘を云ったんで」
武「なに嘘のことはない、何も心配になる事はないから、私《わし》に聞かすれば宜いのだ、京橋の何処《どこ》の者だえ……」
△「へえ」
武「云わんか、いま貴様が云った事は衝立の蔭で聞いて居ったが、少し調べる事が有るから聞くのだ」
×「だから己が先刻《さっき》から、斯《こ》う云うことを云って係合に成ったものが有るから大きな声をして云うなと云うのだ」
△「本当に殿様ア……私《わっち》ア明瞭り知らないんで」
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