でござるが、惣次郎の只今女房という訳でない、まア妾同様のお隅と申す婦人、彼《あれ》は御案内の水街道の麹屋に奉公致した酌取女《しゃくとりおんな》、彼《あ》の隅なるものに先生|思召《おぼしめし》があったのでげすな、前に惚れていらしったのでげすな貴方」
安「これは初めてお出でゞ、他人の女房に惚れているなどといや挨拶の仕様がない、麹屋にいた時分には贔屓にした女だから祝儀も遣って随分|引張《ひっぱ》って見た事もあるのさ」
富「恐れ入ったね、それが然《そ》う云えぬもので恐入りました、其処《そこ》が大先生で、えーえらい」
安「何しにお出でなすった、安田一角を嘲哢《ちょうろう》なさりにお出でなすったか、初めてお出でゞ左様なる事を仰しゃる事がありますか」
富「御立腹ではどうも、中々左様な訳ではない、手前剣道の師とお頼み申し、師弟の契約をしたい心得で罷《まか》り出ましたので、実は彼《あ》のお隅と申すは同家《どうけ》にいるから、段々それまア江戸子《えどっこ》同士で、打明けた話をするとお前さん此処《こゝ》に長くいる気はあるまい、此処は腰掛だろう、故郷忘じ難かろう、私と一緒に江戸へ、というと、私も実は江
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