柄杓の柄《え》を啣《くわ》えて蔦蔓《つたかづら》に縋《すが》り、松柏の根方を足掛りにして、揺れても澪れない様にして段々登って来る処を、足掛りの無い処を狙いすまして新吉が腰に帯《さ》したる小刀《しょうとう》を引抜き、力一ぱいにプツリと藤蔓《ふじづる》蔦蔓《つたかつら》を切ると、ズル/\ズーッと真逆《まっさか》さまに落ちましたが、何《ど》うして松柏の根方は張っているし、山石の角《かど》が出張《でっぱ》っておりますから、頭を打破《うちやぶ》って、落ちまするととても助かり様はございませんが、新吉は側にある石をごろ/\谷間《たにあい》へ転がし落《おと》しました、其のうちむら/\と雲が出て月が暗く成りましたから、それを幸いに新吉は脇差を鞘に納めて、さっさと帰って来て、
 新「おゝ/\お賤さん/\明けてお呉れ/\」
 賤「誰《たれ》だえ」
 新「己《おい》らだよ」
 賤「ア新吉さんかえ、能く帰って来てお呉れだねえ、案じていたよさアお這入り」
 新「アヽびしょ濡だ、何か斯《こ》う単物《ひとえもの》か何か着てえもんだ」
 賤「袷《あわせ》と単物と重ねて置いたよ、さア是をお着、旨く行ったかえ」
 新「すっ
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