、けれども私を憫然《かわいそう》と思って、一晩お前の床の中へ寝かしておくんなさいよ、エお園どん」
園「アラ厭《いや》なネ、私とお前さんと寝れば、人が色だと申します」
新「イヽエ私もそれが知れゝば失敗《しくじ》って此家《こゝ》には居られないから、唯|一寸《ちょっと》並んで寝るだけ、肌を一寸|触《ふれ》てすうっと出ればそれで断念《あきら》める、唯ごろッと寝て直ぐに出て行《ゆ》くから」
園「そんな事を云ってごろりと寝て直ぐに出て行《い》くったって、仕様がないねえ、行って下さいよ」
新「そんな事を云わずに」
園「いやだよ、新どん」
新「お願いだから」
園「お願いだって」
新「ごろり一寸寝るばかりだ、永らく寝る目も寝ずに看病したろうじゃアないか、其の義理にも一寸枕を並べて、直ぐに出て行《ゆ》くから」
園「仕様がございませんね」
と云うが、永らく看病してくれた義理があってみれば無下《むげ》に振払う事も出来ず、
園「新どん唯一寸寝る許《ばか》りにしておくんなさいよ」
新「アヽ一寸一度寝るばかりでも結構、半分でもよろしい」
と云うのでお園の床へ這入りますると、お園は厭だからぐるりと脊中を向けて固くなっているから、此方《こっち》も床へ這入りは這入ったが、ぎこちなくって布団の外へはみ出す様、お園はウンともスンとも云わないから、何《なん》だか極りが悪いので酔《えい》も醒《さめ》て来て、
新「お園どん、誠に有難う、お前がそんなに厭がるものを無理無体に私がこんな事をして済まないが、其の代り人には決して云わない、私は是程惚れたからお前の肌に触れ一寸でも並んで寝れば私の想いも届いたのだから宜しいが、此家《こゝ》に居ては面目《めんぼく》なくて顔が合せられず、又顔を合せては猶更《なおさら》忘れられないし、こんな心では御恩を受けた旦那様にも済まないから、私は此家を今夜にも明日《あす》にも出てしまって、私の行方《ゆくえ》が知れなくなったら、私の出た日を命日と思って下され、もう私は思い遺《のこ》す事もないから死《しん》でしまいます」
とすうッと出に掛る。口説《くどき》上手のどんづまりは大抵死ぬと云うから、今新五郎は死ぬと云ったら、まア新どんお待ちと来るかと思うと、お園は死ぬ程新五郎が厭だから何とも申しませんで、猶|小衾《かいまき》を額の上までずうッと揺《ゆす》り上げて被《かぶ》ったなり口もきゝませんから、新五郎は手持無沙汰にお園の部屋を出ましたが、是が因果の始《はじま》りで、猶更お園に念がかゝり、敵《かたき》同士とは知らずして、遂に又お園に恋慕《れんぼ》を云いかけまするという怪談のお話、一寸|一息《ひといき》吐《つ》きまして、
十一
深見新五郎がお園に惚れまするは物の因果で、敵同士の因縁という事は仏教の方では御出家様が御説教をなさるが、どういう訳か因縁と云うと大概の事は諦めがつきます。
甲「どうしてあの人はあんな死様《しにざま》をしただろうか」
乙「因縁でげすね」
甲「あの人はどうしてあア夫婦中がいゝか知らん、あの不器量だが」
乙「あれはナニ因縁だね」
甲「なぜかあの人はあアいう酷《ひど》い事をしても仕出したねえ」
乙「因縁が善《い》いのだ」
と大概は皆因縁に押附《おっつ》けて、善いも悪いも因縁として諦めをつけますが、其の因縁が有るので幽霊というものが出て来ます。その眼に見えない処を仏教では説尽《ときつく》してございまするそうで、外国には幽霊は無いかと存じて居りました処が、先達《せんだっ》て私《わたくし》の宅へさる外国人が婦人と通弁が附いて三人でお出《いで》になりまして、それは粋《いき》な外国人で、靴を穿いて来ましたが、其の靴をぬいで隠《かくし》から帛紗《ふくさ》を取出しましたから何《なん》の風呂敷包かと思いますと、其の中から上靴を出してはきまして、畳の上へ其の上靴で坐布団の上へ横ッ倒しに坐りまして、
外「お前の家《うち》に百|幅《ぷく》幽霊の掛物があるという事で疾《とく》より見たいと思って居たが、何卒《どうぞ》見せて下さい」
という事。是は私《わたくし》がふと怪談会と云う事を致した時に、諸先生方が画《か》いて下すった百幅の幽霊の軸がございますから、是を御覧に入れますと、外国人の事でございますから、一々是は何《なん》という名で何という人が画いたのかと云う事を、通弁に聞いて手帖に写し、是《こ》れは巧《うま》い、彼《あ》れは拙《まず》いと評します所を見ると、中々眼の利いたもので、丁度其の中で眼に着きましたのは菊池容齋《きくちようさい》先生と柴田是眞《しばたぜしん》先生の画いたので、是は別して賞《ほ》められました。そのあとで茶を点《い》れて四方八方《よもやま》の話から、幽霊の有無《ありなし》の話をしまし
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