却って心配で病気に障るから」
 新「じゃア用があったらお呼びよ」
 園「あゝ」
 というので拠《よんどころ》なく出て行くかと思うと又来て、
 新「お園どん/\」
 とのべつに這入って来る。すると俗に申す一に看病二に薬で、新五郎の丹精が届きましたか、追々お園の病気も全快して、もう行燈《あんどん》の影で夜なべ仕事が出来るようになりました。丁度十一月十五日のことで、常にないこと、新五郎が何処《どこ》で御馳走になったか真赤に酔って帰りますると、もう店は退《ひ》けてしまった後《あと》で、何となく極りが悪いからそっと台所へ来て、大きい茶碗で瓶《かめ》の水を汲んで二三杯飲んで酔《えい》をさまし、見ると、奥もしんとして退けた様子、女部屋へ来て明けて見ると、お園が一人行燈の下《もと》で仕事をしているから、
 新「お園どん」
 園「あらまア、新どん、何か御用」

        十

 新「ナニ、今日はね、あの伊勢茂《いせも》さんへ、番頭さんに言付けられてお使にいったら、伊勢茂の番頭さんは誠に親切な人で、お前は酒を飲まないから味淋《みりん》がいゝ、丁度|流山《ながれやま》ので甘いからお飲《あが》りでないかと云われて、つい口当りがいゝから飲過ぎて、大層酔って間《ま》がわるいから、店へ知れては困りますが、真赤になって居るかえ」
 園「大変赤くなって居ます。アノお店も退け奥も退けましたから、女部屋へお店の者が這入っては、悪うございますから早くお店へ行ってお寝《やす》みなさい」
 新「エヽ寝ますが、まア一服呑みましょう」
 園「早くお店へ行って下さいよ」
 新「今行きますが一服やります」
 と真鍮《しんちゅう》の潰れた煙管《きせる》を出して行燈の戸を上げて火をつけようと思うが、酔って居て手が慄《ふる》えておりますから灯《ひ》が消えそう、
 園「消してはいけませんよ、彼方《あっち》へ行ってお呉んなさい」
 新「ハイ行きますよ、なに火が附きました、時にお園どん、お前の病気は大変に案じたが、本当にこう早く癒《なお》ろうとは思わなかった、山田さんも丹精なすったし私も心配致しましたが、実に有難い、私は一生懸命に池《いけ》の端《はた》の弁天様へ願掛《がんが》けをしました」
 園「有難うございます、お前さんのお蔭で助かりました、もうお店が退けましたから早くお出でよ、新どん」
 新「行きますよ、此の間ね、お前さんの姉様《あねさん》豊志賀さんが来てね、たった一人の妹でございますから大事に思うが、こんな稼業《しょうばい》をして居り、家《うち》も離れているから看病も届きませんでしたが、お前さんが丹精して下すって本当に有難い、その御親切は忘れません、お前さんの様な優しい人を園の亭主に持《もた》し度《た》いと思いますとこう云ってね、お前の姉《あね》さんが、流石《さすが》は芸人だけあって様子のいゝ事を云うと思ったが、余程《よっぽど》嬉しかったよ」
 園「いけませんネ、奥も先刻《さっき》お退けになりましたからお店へお出でなさいよ」
 新「行きますよ、お園どん誠に私は本当に案じたがね」
 園「有難うござますよ」
 新「弁天様へ一生懸命に二十一日の間私が精進して山田様も本当に親切にしてくれたがね、私は真赤に酔っていますか」
 園「真赤でございますよ、彼方《あっち》へお出でなさいよ」
 新「そんなに追出さんでもいゝやね、お園どん、伊勢茂の番頭さんが、流山の滅法よい味淋をお前にと云うので私は口当りがいゝから恐ろしく酔った、私はこんなに酔った事は初めてゞ私の顔は真赤でしょう」
 園「真赤ですよ、先刻《さっき》お店も退けましたから早くお出でなさいよ」
 新「そんなに追出さなくてもいゝやね、お園どん/\」
 園「何《なん》ですよ」
 新「だがお園どん、本当にお前さんは大病で、随分私は大変案じて一時《ひとっきり》は六ヶ《むずか》しかったから、私は夜も寝なかったよ」
 園「有難うございますが、そんなに恩にかけると折角の御親切も水の泡になりますから、余《あんま》り諄《くど》く仰しゃると、その位なら世話をして下さらんければいゝにと済まないが思いますよ」
 新「そう思っても私の方で勝手にしたのだからいゝが、ねえお園どん/\」
 園「何ですよ」
 新「私の心持はお前さん些《ちっ》とも分らぬのだね、お園どん、本当に私は間が悪いけれどもね、お前さんに私は本当に惚れて居ますよ」
 園「アラ、嫌《いや》な、あんな事をいうのだもの、お内儀《かみさん》に言告《いッつけ》ますよ」
 新「言告るたって……そんなことを云うもんじゃアない、お前は私が来ると出て行け/\と、泥坊猫みた様に追出すから、迚《とて》もどう想ってもむだだとは思うが、寝ても覚めてもお前の事は忘れられないが、もう是からは因果と思ってふッつり女部屋へは来ませんが
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