刀を投出して恐れ入るか、手前《てめえ》は力が強くても此れでは仕方があるめえ」
 と鼻の先へ飛道具を突き附けられ、花車はギョッとしたが、惣吉を後《うしろ》へ囲んで前へ彼《か》の杉の幹を立てたなりで、
 花「卑怯だ/\」
 と相撲取が一生懸命に呶鳴る声だから木霊《こだま》致してピーンと山間《やまあい》に響きました。
 花「手前《てめえ》も立派な侍じゃアねえか、斬り合うとも打合うともせえ、飛道具を持つとは卑怯だ、飛道具を置いて斬合うとも打合うともせえ」
 一角もうっかり引金を引く事が出来ませんから威《おど》しの為に花車の鼻の先へ覘《ねら》いを附けておりますから、何程力があっても仕様がありません、進むも退《ひ》くも出来ず、進退|谷《きわ》まって花車は只ウーン/\と呻《うな》っておりまする。多助は彼《か》の道恩を送っていきせき帰って来ましたが、此の体《てい》を見て驚きましてブル/\顫えております。すると天の助《たすけ》でございますか、時雨空《しぐれぞら》の癖として、今まで霽《は》れていたのが俄《にわ》かにドットと車軸を流すばかりの雨に成りました。そう致しますと生茂《おいしげ》った木葉《このは》に溜った雨水が固まってダラ/\と落《おち》て参って、一角の持っていた火縄に当って火が消えたから、一角は驚いて逃げにかゝる処を、花車は火が消えればもう百人力と、飛び込んで無茶苦茶に安田一角を打据《うちす》えました、これを見た悪漢《わるもの》どもは「それ先生が」と駈出して来ましたが側へ進みません、花車は傍《かたえ》を見向き、
 花「此の野郎共|傍《そば》へ来やアがると捻《ひね》り潰すぞ」
 という勢いに驚いて樹立《こだち》の間へ逃げ込んで仕舞いました。
 花「サア惣吉|様《さん》遣ってお仕舞いなせえ、多助|様《さん》、お前助太刀じゃアねえか確《しっか》りしなせえ」
 惣吉は走り寄り、
 惣「関取誠に有難う、此の安田一角め兄《あに》さん姉《あね》さんの敵思い知ったか」
 多「此の野郎助太刀だぞ」
 と惣吉と両人《ふたり》で無茶苦茶に突くばかり、其のうち一角の息が止ると、二人共がっかりしてペタ/\と坐って暫らくは口が利けません。花車は安田一角の髻《たぶさ》を取り、拳を固めてポカ/\打ち、
 花「よくも汝《われ》は恩人の旦那様を斬りやアがった、お隅|様《さん》を返討《かえりうち》にしやアがったな此の野郎」
 といいながら鬢《びん》の毛を引抜きました。同類は皆ちり/″\に逃げてしまったから、其の村方の名主へ訴え、名主からまたそれ/″\へ訴え、だん/\取調べになると、全く兄《あに》姉《あね》の仇討《かたきうち》に相違ないことが分り、花車は再び江戸へ引返し、惣吉は十六歳の時に名主役となり、惣右衞門の名を相続いたし、多助を後見といたしました。花車が手玉にいたしました石へ花車と彫り附け、之を花車石と申しまして今に下総の法恩寺|中《ちゅう》に残りおりまする。是で先《ま》ずお芽出度《めでたく》累ヶ淵のお話は終りました。
(拠小相英太郎速記)



底本:「圓朝全集 巻の一」近代文芸資料複刻叢書、世界文庫
   1963(昭和38)年6月10日発行
底本の親本:「圓朝全集巻の一」春陽堂
   1925(大正15)年9月3日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
ただし、話芸の速記を元にした底本の特徴を残すために、繰り返し記号は原則としてそのまま用いました。同の字点「々」と同様に用いられている二の字点(漢数字の「二」を一筆書きにしたような形の繰り返し記号)は、「々」にかえました。
また、総ルビの底本から、振り仮名の一部を省きました。
底本中ではばらばらに用いられている、「其の」と「其」、「此の」と「此」、「彼《あ》の」と「彼《あの》」は、それぞれ「其の」「此の」「彼の」に統一しました。
また、底本中では改行されていませんが、会話文の前後で段落をあらため、会話文の終わりを示す句読点は、受けのかぎ括弧にかえました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
※注釈は底本では上部欄外に書かれています。
入力:小林繁雄
校正:かとうかおり
2000年4月18日公開
2008年10月14日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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