驚き駈けて参り、
 惣「え、旦那様か、飛んだ目にお逢いなされました」
 道「おゝ/\宗觀か[#「宗觀か」は底本では「惣觀か」]、お前此の山へ敵討に来たか」
 惣「はいお言葉に背いて参りました、多助や、私が御恩に成った観音寺の方丈様だよ」
 多「え、それはマア飛んだ目にお逢いなせえやしたね」
 道「酷《ひど》い事をする、人の手は折れようと儘、酷く縛って、あゝ痛い」
 と両腕を摩《さす》りながら、
 道「中々同類が多勢《おおぜい》居《い》る様子じゃから帰るが宜《よ》い」
 花「なにしても風を引くといけないから、それじゃア斯《こ》うと、私の合羽に多助|様《さん》お前の羽織を和尚|様《さま》にお貸し申そう、さア和尚様、これをお着なさい、それから多助|様《さん》此処《こゝ》を下《お》りて人家のある処まで和尚|様《さん》を送ってお上げなさい」
 多「己此処まで惣吉|様《さん》の供をして、今坊|様《さま》を連れて山を下りては四年五年|心配《しんぺえ》打《ぶ》った甲斐《けえ》がねえ」
 花「惣吉|様《さま》が永らく御厄介に成った方丈様だから連れてって上げなさいな」
 多「敵も討《ぶ》たねえで、己山を下りるという理合《りえゝ》はねえから己《おら》ア往かねえ、坊様に怪我アさせてはなんねえから」
 花「そんな事をいわずに往っておくんなせえ」
 惣「爺《じい》やア、どうか和尚様をお送り申してお呉れ、お前が往かなけりゃア私が送り申さなければならないのだから、往っておくれな」
 多「じゃア何《ど》うしても往くか、己此処まで来て敵も討《ぶ》たずに後《あと》へ引返すのか、なんだッて此の坊様はおっ縛《ちば》られて居たんだナア」
 とブツ/\いいながら道恩和尚の手を引いて段々山を下り、影が見えなくなると樹立《こだち》の間から二人の悪漢《わるもの》が出て参り、
 甲「手前《てめえ》たちは何《なん》だ」
 花「はい私共は安田一角|先生《しぇんしぇい》が此方《こちら》にお出《いで》なさると聞きまして、お目にかゝり度《た》く出ましたもので」
 乙「一角先生などという方はおいでではないワ」
 花「私共はおいでの事を知って参りましたものですが、一寸お目にかゝり度《と》うございます」
 乙「少し控えて居ろ」
 と二人の悪漢は、互に顔を見合せ耳こすりして、林の中へ這入って、一角に此の由を告げると、一角は心の中《うち》にて、己の名を知っているのは何奴《なにやつ》か、事に依ったら、花車が来たかも知れないと思うから、油断は致しませんで、大刀《だいとう》の目釘を霑《しめ》し、遠くに様子を伺って居りますと、子分がそれへ出て、
 甲「やい手前《てめえ》は何者だ」

        九十七

 花「いえ私《わし》は花車重吉という相撲取でございますが、先生《しぇんしぇい》は立派なお侍さんだから、逃げ隠れはなさるまい、慥《たし》かに此処《こゝ》にいなさる事を聞いて来たんだから、尋常に此の惣吉様の兄《あに》さんの敵と名のって下せい、討つ人は十二三の小坊主|様《さん》だ、私は義に依って助太刀をしに参ったものだから、何十人でも相手になるから出てお呉んなせい」
 といわれ、悪漢《わるもの》どもは、あゝ予《かね》て先生から話のあった相撲取は此奴《こいつ》だなと思いましたから、直《すぐ》に一角の前へ行きまして此の事を告げました。一角も最早観念いたしておりまするから、
 安「そうか、よい/\、手前達先へ出て腕前を見せてやれ」
 といわれ、悪漢どもも相撲取だから力は強かろうが、剣術は知るめえから引包《ひっつゝ》んで餓鬼諸共打ってしまえ、とまず四人ばかり其処《そこ》へ出ましたが、怖いと見えまして、
 甲「尊公《そんこう》先へ出ろ」
 乙「尊公から先へ」
 丙「相撲取だから無闇にそういう訳にもいかない、中々油断がならない、尊公から先へ」
 丁「じゃア四人一緒に出よう」
 と四人|均《ひと》しく刀を抜きつれ切ってかゝる、花車は傍《かたわら》に在《あ》った手頃の杉の樹《き》を抱えて、総身《そうしん》に力を入れ、ウーンと揺《ゆす》りました、人間が一生懸命になる時は鉄門でも破ると申すことがございます。花車は手頃の杉の樹をモリ/\/\と拗《ねじ》り切って取直し、満面朱を灌《そゝ》ぎ、掴み殺さんず勢いにて、
 花「此の野郎ども」
 といいながら杉の幹を振上げた勇気に恐れ、皆近寄る事が出来ません。花車は力にまかせ杉の幹をビュウ/\振廻し、二人を叩き倒す、一人が逃げにかゝる処を飛込んで打倒《ぶちたお》し、一人が急いで林の中へ逃げ込みますから、跡を追って参ると、安田一角が野袴《のばかま》を穿き、長い大小を差し、長髪に撫で附け、片手に種ヶ島の短銃《たんづゝ》に火縄を巻き附けたのを持って、
 安「近寄れば撃ってしまうぞ、速《すみや》かに
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