れたは宜いが、是を取って見れば同類に落すといったが、困ったな、あゝもう往ってしまったか、立派な男だ、婆アさまは何処《どこ》まで烟草を買《け》えに往ったんだろう尤も要《い》らないのだ、人払《ひとばれ》えの為に買えに遣ったんだが余《あんま》り長《なげ》えなア」
 と独言《ひとりごと》をいっている後《うしろ》から、
 男「おい作」
 作[#「作」は底本では「男」]「え、誰だえ己を呼ばるのア誰だ」
 男「お、己だ、久しく逢わねえのう」

        八十四

 作「誰だ、人が何処《どこ》にいるのだ」
 と云いながら、方々見廻し、振返って見ると、二枚折《にまいおり》の葮《よし》の屏風の蔭に、蛇形《じゃがた》の単物《ひとえもの》に紺献上の帯を神田に結び、結城平《ゆうきひら》の半合羽を着、傍《わき》の方に振分《ふりわけ》の小包を置き、年頃三十ばかりの男で、色はくっきりと白く眼のぱっちりとした、鼻筋の通った、口元の締った美《い》い男で、其の側に居るのは女房と見え、二十七八の女で、頭髪《あたま》は達磨返しに結び、鳴海《なるみ》の単衣《ひとえ》に黒繻子の帯をひっかけ[#「ひっかけ」に傍点]に締め、一杯飲んで居る夫婦|連《づれ》の旅人《りょじん》で、
 男「作や、此方《こっち》へ這入《へえ》んねえ」
 といいながら、葭屏風《よしびょうぶ》を明けて出て来た男の顔を見て、
 作「イヤア兄いか、何《ど》うした新吉さん珍らしいなア、久し振りだ、これは何うも珍らしい、実に思え掛けねえ」
 新「汝《てめえ》、大きな声で呶鳴《どな》って居たが相変らずだなア」
 作「おやお賤さん、誠にお久し振でござえやした」
 賤「おや作藏さんお前の噂は時々していたが、相変らず宜《い》い機嫌だね」
 作「本当にお賤さん、見違える様になった、少しふけたね、旅をしたもんだから色が黒くなったが、思え思った新吉さんととう/\夫婦になって彼処《あすこ》をおッ走《ぱし》ったのかえ、今まア何処《どこ》にいるだえ」
 新「彼方此方《あちこち》と身の置き処《どころ》のねえ風来人間で仕方がねえが、是も皆《みんな》人に難儀を掛け、悪い事をした報《むくい》と思って諦めているが、何商売を仕度《した》くも資本《もとで》がないのだ、汝《てめえ》まぶ[#「まぶ」に傍点]な仕事を安田と相談していたが、己も半口載せねえか」
 作「お前《めえ》あの事を聞いたか、是ハア困ったなア、実は銭がねえで困るから這入《へえ》る真似しただア、だが余り這入《へえ》り度《たく》はねえんだ」
 新「旨くいってるぜ、併《しか》し三藏は何処《どこ》へ往ったんだ」
 作「三藏かえ、彼《あれ》はね婆《ばア》さまが死んだから其の白骨を本当の紀州の高野へ納めに往くって、祠堂金《しどうきん》も沢山持ってる様子だ、お累さんもあゝいう死様《しによう》をしたのも矢張《やっぱり》お前《めえ》ら二人でした様なものだぜ」
 新「汝《てめえ》是から新高野へ馬を引いて往くのなら矢張《やっぱり》帰《けえ》りは此処《こゝ》を通るだろう」
 作「鰭ヶ崎の方へ廻るのだが此方《こっち》へ来ても宜《い》い」
 新「そうか、おい作」
 作「え何《な》んだ」
 新「一寸耳を貸せ」
 作「ふーん、怖い事だな」
 新「汝《てめえ》馬を引いて先方《むこう》へ往って、三藏を此処《こゝ》迄乗せて連れて来たら、何か急に用が出来たと云って、馬を置《おき》っ放《ぱな》して逃げてしまってくれねえか、併《しか》し馬を置いて往かれちゃア三藏に逢って仕事をする邪魔になるから、引いてってくれ、其の代り金を三十両やらア」
 作「え、三十両本当に己ア金運《かねうん》が向いて来た、じゃア金をくんろえ、してどういう理窟だ」
 新「三藏とは一旦兄弟とまでなったが、お累が死んでからは、互《たげ》えに敵《かたき》同志の様になったのだ」
 作「敵同志だって汝《おめえ》が三藏を怨むのアそりゃア兄い些《ち》と無理だんべえ、成程お賤さんの前《めえ》もあるから、そういうか知んねえが、三藏を敵と思《おめ》えば無理だぞ、お前《めえ》が養子に往っても男振が宜《い》いもんだから、お賤さんに見染められ、互《たげ》えに死ぬの生《いき》るのと騒ぎ合い、お累さんを振捨てゝお賤さんとこういう事になったから、お累さんも上《のぼ》せて顔が彼様《あんな》に腫れ出して死んで了《しま》ったのだから、却《かえ》って三藏の方でお前を怨んでいるだろうが、何もお前の方で三藏を悪《にく》み返すという理合《りあい》はあんめえぜ」
 新「汝《てめえ》は深い事を知らねえからそんな事をいうんだが、何《なん》でも構わねえ、己が三藏に逢って、百両でも二百両でも無心をいって見ようと思うのだ」
 作「三藏|殿《どん》がお前《めえ》に金を貸す縁があるかえ」
 新「貸しても宜《い》い
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