良くなえが丹精して捻《より》をかけて織らした紬縞で、ちょく/\阿弥陀様へお参《めえ》りに往ったり寺参《てらめえ》りに着て往った着物だから、是を汝がに呉れるから仕立直して時々出して着るが好《え》え、三日でも旅という譬《たと》えがあるが、子供を連れて年寄が敵討《かたきぶち》に行くだから、一角の行方が知んなえば何時《いつ》帰《けえ》って来るか知んなえ、長《なげ》え旅で死ななえともいわれなえ、是ア己が形見だから、己が無《な》え後《のち》も時々これを着て己がに逢う心持で永く着てくんろ、よ」
多「はい、私《わし》戸頭まで送るばいと思ったに…どうも是《こ》れいりません…形見……形見なんて心細《こゝろぼせ》えこといわずにの、あんたも惣吉さんも達者で帰《けえ》って、もう一度名主役を惣吉さんが勤めなえば私の顔が立ちませんから、どうか達者で帰《けえ》っておくんなさえよ、惣吉さん今迄とア違うから、母様《かゝさま》に世話ア焼《やか》せねえ様に、母様ア大事《でえじ》にしなえばなんねえよ、惣吉さん、好《い》いかえ、今迄の様なだだ[#「だだ」に傍点]いっちゃアなりませんよ、いゝかえ、どうか私は戸頭まで」
母「送らんで好《え》えというに汝《われ》が送るてえば皆《みんな》若《わけ》え者《もん》も送りたがるから、誰か来たじゃなえか」
作「ヘエ御免」
多「やア作右衞門どんが」
母「さア此方《こっち》へお這入りなさえ」
作「誠にどうも、魂消《たまげ》て、どういう訳で急に立つことになったか、村の者もどうか止め度《て》えというから、馬鹿アいうな、止められるもんか、今度ア物見遊山でなえ、敵討《かたきぶち》に行くだというと、成程それじゃア止められねえが、まア名残い惜《おし》いってね、若《わけ》え者《もん》ば皆|恩《おん》になってるだから心配《しんぺえ》ぶっております、留守中は役にア立たないがお帰《けえ》りまでア慥《たしか》に荷物は皆《みんな》蔵へ入れて置きましたが、何卒《どうか》まア早く帰《けえ》ってお出でなさる様に願《ねげ》え度《て》えもんで」
母「はい、お前方も旧《ふり》い馴染でがんしたけんども、今度が別れになります、はい有難うござえます、多助や誰か若《わけ》え者《もん》が大勢来たよ」
多「やア兼《かね》か、さア此方《こっち》へ這入《へえ》れ、お、太七郎《たしちろう》此方へ」
太「はい有難う、誠にまアどうも明日《あした》立つだって、魂消て来たでがんす、どうもこれ名残い惜くって渡口まで送るという者《もん》が沢山ござえます」
母「ありゃまア、送らねえでも好《え》えよ、用がえれえに」
太「なに用はなえだから皆《みな》送り度《て》えと思《おめ》えまして、名残い惜いが寒《さみ》い時分だから大事にしてねえ」
母「はい有難う、又祝いの餅い呉れたって気の毒なのう、どうか婆様《ばあさま》ア大事にして」
太「ヘエ婆《ばゝ》アもどうかお目に掛り度《て》えといっております」
母「おゝ誰だい、さア此方《こっち》へ這入りな」
甲「ヘエ、誠にはア、魂消まして、どうかまア止め度《て》えといったら止めてはなんねえって叱られた、随分道中を大事に」
九「ヘエ御免」
母「誰だい」
九「九八郎で、誠にどうもさっぱり心得ませんで、急にお立だと云うこッて、お名残い惜《おし》ゅうござえます」
母「おや/\上《かみ》の婆様《ばゞさま》、あんた出《で》で来《き》なえで好《え》えによ」
婆「はい御免なさえ、誠にまアどうも只お名残い惜いから、どうぞ碌に見えない眼だが、ちょっくりお顔を見てえと思ってお暇乞《いとまごえ》に参《めえ》りました、明日《あした》立つだッて、なんだかあっけなえこったって、私《わし》の嫁なんざア泣《ね》えてばいいるだ、随分|大事《でえじ》になえ」
母「はい有難うござえます、お前《めえ》も随分|大事《でいじ》にして、毎《いつ》も丈夫で能くねえ」
乙「ヘエ誠にどうもお力落しでがんす」
丙「おい/\何《なん》だってお力落しなんていうんだ」
乙「でも飛んだ事だと云うじゃアなえか」
丙「馬鹿いえ、敵討《かたきぶち》にお出でなさるのに力落しという奴があるか」
乙「ヘエ誠にそれはアお目出度《めでて》えこって」
丙「これ/\お目出度えでなえ」
乙「なんでも好《い》いじゃアなえか」
という騒ぎで、村中餅を搗きましたり、蕎麦を打ったり致して一同出立を祝するという、惣吉|仇討《あだうち》に出立の処は一寸一息。
七十九
さて時は寛政十一年十二月十四日の朝早く起きまして、旅仕度を致しますなれども、三代も続きました名主役、仮令《たとえ》小村《こむら》でも村方を離れて知らぬ他国へ参りますものは快くないもので、殊《こと》には年を取りました惣右衞門の未亡人《びぼ
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