りましたので、先生誠に久し振でございますねえ」
安「ウンそれは妙だなア」
貞「これは先生妙でげすな、貴方の方でお呼び遊ばさぬのにお隅さんが此の雪の降る中を尋ねて来るなんて、自然にどうも貴方の…実に感服でげすなア」
安「なにそう云う訳でもなかろう、何か是には訳があって来たんだろう、なにかい富五郎がどういう事を云ったい」
隅「はい、富さんの云うには、べん/\とこんなア卑《いや》しい奉公をするよりも、一角先生の御新造にならないかといいますから、馬鹿なことをお云いでない、一旦名主の家《うち》へ縁付《かたづ》いたのだから、披露《ひろめ》はしないでも、今度|行《ゆ》けば再縁をする訳じゃアないか、それだから先生は決して御新造になさる訳はない、妾にすると仰しゃればまだしもの事だけれども、御新造にというのは訝《おか》しいじゃアないかというと、いゝえ全くお前さえよければ先生は御新造になさる思召《おぼしめ》しがあるのだから、お前がたって…頼みたいと思うなら、骨を折って宜《よ》いように執成《とりな》すから了簡を決めろといいますから、それは誠に思掛《おもいがけ》ない有難いこと、私の様な者を先生が仮令《たとえ》妾にでもなすって下さるなら、私は本当に浮ぶ訳で、べん/\とこんな処にいたくないから、屹度《きっと》執成《とりな》しておくれかというと、お酒が始まって、すると彼《あ》の人の癖で直《すぐ》に酔ってしまって、まア馬鹿らしいじゃアありませんか、先生に取持つ代りにおれの云う事を聞けといって口説き始めたんでございますよ」
安「こりア怪《けし》からん奴だ、どうだい貞藏」
貞「でげすから彼《あれ》は先生いけませぬ、先生は彼奴《あいつ》を御贔屓になさいますが、全体よくない奴で、そういう了簡違いな奴でげすからなア、一体先生が余り贔屓になさり過ぎると思っていましたが、どうも御新造に取持とうという者、いわば仲人《なこうど》が一旦自分のいう事をきかして、それから縁付《かたづ》けると、そんな事がありましょうか、だから彼《あ》れはもう、お置きなさらん方が宜《よ》い、お為になりませぬからなア、彼奴が来てから私は彼奴に使われるような訳で、先生もう彼奴はお止し遊ばした方がようございますよ」
安「お隅、それからどうしたい」
隅「それで、私が馬鹿な事をおいいでないと云うと、そんな詰らんことを云わんでも宜《い》いじゃアないかといいますから、宜いじゃアないかって、お前さんのいう事を聞いた上で先生の処へ妾に行《ゆ》けるか行けないか考えて御覧、富さん酔うにも程がある、冗談は大概におしよと云って居りましたら、終《しまい》には甚《ひど》く酔って来まして、短かいのを抜いて、いう事を聞かなければ是だと嚇《おど》し始めましたから、私も勃然《むっ》として、大概におしなさい、お前は腕ずくで強淫《ごういん》をする積りか、馬鹿な事をする怖い人だ、いやだよと云って行《ゆ》こうとすると、そうはやらぬと私の裾《すそ》を押えて離さない処へ、お兼《かね》さんやお力《りき》さんが出て参りまして取押える拍子に、お兼さんが指に怪我をするやら、金どんも親指に怪我をしまして、漸《ようや》くの事で宥《なだ》めて刄物を抉取《もぎと》ったんでございますが、全く先生の処から来たのなら、明日《あす》の朝先生が入らっしゃるであろう、其の上当人も酒が醒《さ》めるだろうから、まア縛って置くが好《い》いというので縛って置きました」
七十六
安「こりゃアどうも怪《け》しからん、白刃《はくじん》を振《ふる》っておどすなぞとは、えゝ貞藏」
貞「どうも怪しからん、彼奴《あいつ》はいけません、彼奴一体そういう質《たち》の奴でげす、何《ど》うも怪しからん、抜刀《ぬきみ》で口説くなんて、実に詰らん訳でげすなア、だから先生もう彼奴はお止しなすって家《うち》に置かぬ方が宜しい、何うもそういう……」
安「お隅、貴様はなにか主人に話をして来たか」
隅「はい何《なん》ともいいませんけれども、お力さんに頼んで置きまして、何しろ先生の御様子を聞かなければ分らない、誠に恥かしいことでございますけれども、先生の処へ行って御様子を聞いて、そうして先生に宥《なだ》めて戴き度《た》いと思って出て参りました」
安「左様か、雪の夜《よ》ではあるし、是から行《ゆ》くといっても大変だがあんな馬鹿にからかわないが[#「からかわないが」はママ]宜《い》いよ」
隅「なにもう明日《あした》でも宜《よ》うございますけれども、私は是から一人で帰るのは辛くって、参る時は一生懸命で来ましたが、帰るとなると怖くっていけませんが、どうかお邪魔様でも今夜一晩泊めて下さる訳にはいきますまいか」
安「うん、それは宜《よ》い、泊って往《い》くなら、なア貞藏」
貞「是は先生
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