いると疑るのだろう、そんな疑りがあって、私を女房にしようというのは余程《よっぽど》分らない、恐い人だね、もう止しましょう、書付《かきつけ》まで見せて、生涯身を任して力になろうと思う人がそう疑ってはお金も書付も渡されないから。止しにしましょう」
富「そういう訳ではない、決して疑る訳ではない、決して疑る訳では無いがね」
隅「だからさ疑る心が無ければ、一角さんは何処《どこ》にいると云ったって好《い》いじゃないか、どうして騙《だま》して金を取るのか、それをお云いよ」
富「うーん、それは一角がお前に惚れているのだから」
隅「そうかい」
富「前から惚れてる、それだから一角の処へ行って、お前がこう/\でございますから貴方御新造にしてお遣りなさい、就《つい》ては内証《ないしょう》に百両借金がありますから、之を払って遣れば直《すぐ》に此処《こゝ》へ来られる訳だ、出して下さいといえば是非金を出す…いゝえ出るに極っているのだから、出したら借金を払ってお前と二人で、ねえ、江戸へ行こう、こいつが宜《い》いじゃないか」
隅「どうも嬉しいことねえ、一角さんは何処にいるの」
富「うーン、それ」
隅「おかしいねえ、もう夫婦になってお前は亭主だよ、添ってしまって、今夜一晩でも枕を交せば大事な生涯身を任せる亭主だもの、前の亭主の敵《かたき》といって、刄《やいば》が向けられますか、私も武士の娘、決して嘘はつきませぬよ」
七十三
富「こりゃア驚いた、流石《さすが》は武士の御息女、嬉しいな…又|充溢《いっぱい》になってしまった……こりゃア有難い、それじゃア云おうねえ、実は私は、お前にぞっこん惚れていたが、惣次郎があっては仕様がない、邪魔になるといっても、富五郎の手に負いない、所が幸い安田一角がお前に惚れているから、一角をおいやって[#「おいやって」に傍点]弘行寺の裏林で殺させて置いて、顔に傷を拵《こさ》えて家《うち》へ駈込んだが、あの通り花車が感付きやアがって、打《ぶ》つというから、此方《こっち》は殺されては堪《たま》らぬから、逃げてしまった、全く一角が殺しは殺したんだが、実は私がおいやって[#「おいやって」に傍点]遣らしたのだ」
隅「私もそう思ってたけれどもね、羽生にいる時は義理だから敵といっていたけれども、こう出てしまえば義理も糸瓜《へちま》もない他人だアね、あんな窮屈な処にいるのはいやだと思って出たんだが、富さんこうなるのは深い縁だねえ、どうしても夫婦になる深い約束だよ」
富「是は妙なもんだね、不思議なもので、羽生村にいる時から私が真に惚れゝばこそ色々な策をして、惣次郎を討《うた》せたのも皆《みんな》お前故だねえ」
隅「一角さんは何処《どこ》にいるの」
富「一昨日《おととい》の晩三人で来て前の家《うち》は策で売らしてしまったから、笠阿弥陀堂《かさあみだどう》の横手に交遊庵《こうゆうあん》という庵室《あんしつ》がありましょう、二間《ふたま》室《ま》があって、庭も些《ちっ》とあり、林の中で人に知れないからというので其処《そこ》を借りていて、今夜私に様子を見て来いというので、私が来たのだから、こう/\といえば、えゝというので百両出す、なに大丈夫だ、其れで借金を片付けて行って了《しま》やア彼奴《あいつ》は何《なん》ともいえない、人を殺した事を知って居るから何ともいえやアしないから、烟《けぶ》に巻かれてしまわア、追掛《おっか》けようといっても彼奴江戸へ出られる奴でないから大丈夫」
隅「そう、本当に嬉しいねえ、真底お前の了簡が知れたよ」
富「これ程お前を思ってるのに其れを疑ぐるということはない、誠に詰らぬこと…」
隅「此処《こゝ》で寝るといけないから彼方《あっち》へおいでよ、彼方に床が取ってあるから、さ此のお金と書付を」
富「やアそんなもの」
隅「落《おっ》ことすといけないからお出し」
と、金と書付を引《ひっ》たくって、無暗《むやみ》に手を引いて、細廊下の処を連れて行《ゆ》くと、六畳ばかりの小間《こま》がありまして、其処《そこ》に床がちゃんと敷いてある。
隅「さ、お寝と云ったらお寝、あら俯伏《つっぷ》しちゃいけないから仰向けにお成り」
と仰向に寝かし、枕をさして、
隅「さ、寒いから夜具《これ》を」
富「あゝ有難い、こっちイ這入って寝なよ」
隅「今寝るが、寒いから掻巻《かいまき》を」
富「好《い》いよ、雪は何《ど》うしたえ」
隅「なに雪は降っているよ、夫婦の固めに雪が降るのは縁が深いとかいう事があるねえ」
富「うーん、そりゃア深雪《みゆき》というのだ」
隅「富さん、私はいう事があるよ」
富「どう」
隅「あら顔を見られると恥かしいから被《かぶ》っておいでよ」
とお隅は掻巻を富五郎の目の上まで被せて其
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