は困ります」
 安「イヤ勘弁出来ぬ、武士に二言はないわ」

        五十七

 花車「そんな事云うて対手《あいて》が武士か剣術遣なれば兎も角も、高が女の事だからよ、大概にしろよ」
 安田「大概にしろよとは何《なん》だ」
 花「これは言損《いいそこ》なった、これは角力取はこういう口の利きようでうっかり云った、勘弁しろよう」
 安「勘弁しろよとは何だ」
 花「ほいまた言損なった」
 安「勘弁しろよとは何だ、手前も大名|高家《こうけ》の前に出てお盃《さかずき》を頂く力士では無いか、挨拶の仕様を存ぜぬ事はない、大概にしろの勘弁しろよのという云い様があるか、猶更勘弁ならん、無礼至極不埓な奴だ」
 と側にある飲冷《のみざま》しの大盃《おおさかずき》を把《と》ってぽんと放ると、花車の顔から肩へ掛けてぴっしり埃だらけの酒を浴《あび》せました。
 花「先生《しぇんしぇい》お前さん酒を打掛《ぶっか》けたね、じゃアどうあっても勘弁|出来《でけ》ないと極めたか、それでは仕方がないが、先生|私《わし》も花車とか何《なん》とか肩書のある力士の端くれ、人に頼まれ、中に這入って勘弁ならん、はアそうでございますかと指をくわえて引込《ひっこ》む事は出来《でけ》ぬ、私は馬鹿だ智慧が足りねえから挨拶の仕様を知らぬ、何卒《どうか》こうせいと教えて下せえ、お前のいう通り行《や》りましょう、ねえ、どうなとお顔を立てようから斯《こ》うしろと教えて下せえ」
 安「これは面白い、予の顔を立てる、主意を立てるなれば勘弁致す、無礼を働いたお隅と云う女は不届至極だから、彼《あ》の婦人を惣次郎から貰い切って予に引渡して下さい、道場に連れて参って存じ寄り通りにする」
 花「それは出来《でけ》ない、彼《あれ》は御存知の水街道の麹屋の女中で、高い給金で抱えて置く女だ、今日一日羽生村の名主様が借《かり》て来たんだ、それを無礼した勘弁|出来《でけ》ないといって道場へ連れて行《ゆ》く、はいと云って遣られぬ、私《わし》にしても然《そ》うです、道場へ引かれゝば煮て喰うか焼いて喰うか頭から塩をつけて喰われるか知れねえものを、それは出来《でけ》ぬ、出来《でけ》ない相談、それじゃア仕様がねえわ」
 安「それじゃアなぜ主意を立てるといった、お前は力士、たゞの男とは違う、一旦云った事を反故《ほご》にする事はない、武士に二言はない、刀に掛けても女を貰いましょう」
 花「是は仕様がねえ、じゃア、まアお前さんが剣術遣だから刀に掛けても貰おうというだら私《わし》は角力取だから力に掛けても遣る事は出来《でけ》ぬと極めた、それより外《ほか》は出来《でけ》ませんわ」
 というと一角も額に青筋を張って中々聴きません。此の家《うち》へお飯《まんま》を喫《た》べに這入った人達も驚きましたが中には角力|好《ずき》で江戸の勇み肌の人も居りまして、
 客「どうだもう帰《けえ》ろうじゃアねえか、因業《いんごう》な武士《さむれえ》だ彼《あ》の畜生《ちきしょう》」
 客「ウム己達《おらっち》が彌平《やへい》どんの処へ来るたって深《ふか》しい親類でもねえが、場所中《ばしょちゅう》関取が出るから来ているのだが、本当に好《い》い関取だなア、体格《からだ》が出来て愛敬相撲だ一寸《ちょっと》手取《てとり》で、大概《てえげえ》角力取が出れば勘弁するものだが、彼奴《あいつ》め酒を打掛《ぶっか》けやアがって酷《ひど》い事しやアがる」
 客「相手の武士《さむれえ》は三人だ、関取がどっと起《た》って暴れると根太《ねだ》が抜けるよ」
 客「斯《こ》うしようじゃアねえか、折《おり》を然《そ》ういっても間に合うめえし残して往っても無駄だから、此の生鮭《なまじゃけ》と玉子焼とア持って行こう」
 などゝ横着な奴は手拭の上に紙を布《し》いて徐々《そろ/\》肴《さかな》を包み始めた。
 花「じゃア先生《しぇんしぇい》こうしましょう、此処《こゝ》の家《うち》でごたすたいった処が此の家へ迷惑かけて、外《ほか》に客があるから怪我でもさしてはなりません、戸外《おもて》に出て広々とした天神前の田甫《たんぼ》中でやりましょう、私《わし》も男だ逃げ隠れはしません」
 安「面白い出ろ」
 というので三人づんと起《た》った。
 客「喧嘩だア/\」
 と他《ほか》の客はバラ/\逃げ出したが、代を払って行《ゆ》く者は一人もない、横着者は刺身皿を懐に隠して持って行《ゆ》く者もあり、中には料理番の処へ駈込んで、生鮭を三本も持って逃出す者もあり、宇治の里では驚きましたが、安田一角は二人の助けを頼みとして袴の股立ちを取って、長いのを引抜き振翳《ふりかざ》したから、二人の武士も義理で長いのを引抜き三人の武士《さむらい》が長い閃《きら》つくのを持って立並んでいるから、近辺の者は驚きました。惣次郎は猶更
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