》や何か縄の様になってあるから、兄い此奴《こいつ》に吊下《ぶらさが》って行けば大丈夫《でえじょうぶ》だが己は行った事がねえからお前《めえ》行ってくんねえな」
甚「此奴ア旨え事を考えやアがった、新吉の智慧《ちえ》じゃアねえ様だ、此奴ア旨え、柄杓は有るか」
と手水鉢の柄杓を口に啣《くわ》えて、土手の甚藏が蔦蔓《つたかつら》に掴まって段々下りて行くと、ちょうど松柏の根方《ねがた》の匍《は》っている処に足掛りを拵《こしら》えて、段々と谷間《たにあい》へ下りまして、
甚「アヽ斯《こ》うやって見ると高いナア、新吉ヤイ/\水は充分あらア」
新「早くお前《めえ》飲んだら一杯持って来て呉んねえ」
甚「手前《てめえ》下りやアな、持って行く訳にアいかねえ、ポタ/\柄杓が漏らア、カラ/\になっていたからナア、アヽ旨《うめ》え/\甘露だ、いゝ水だ、アヽ旨え、なに持って行くのは騒ぎだよ」
新「後生だから、お願いだから少しでも手拭に浸《ひた》して持って来て呉んねえ咽喉が干《ひ》っ付きそうだから」
甚「忌《いめ》えましい奴だな、待ちャア」
と一杯|掬《すく》い上げて澪《こぼ》れない様に、平《たいら》に柄杓の柄《え》を啣《くわ》えて蔦蔓《つたかづら》に縋《すが》り、松柏の根方を足掛りにして、揺れても澪れない様にして段々登って来る処を、足掛りの無い処を狙いすまして新吉が腰に帯《さ》したる小刀《しょうとう》を引抜き、力一ぱいにプツリと藤蔓《ふじづる》蔦蔓《つたかつら》を切ると、ズル/\ズーッと真逆《まっさか》さまに落ちましたが、何《ど》うして松柏の根方は張っているし、山石の角《かど》が出張《でっぱ》っておりますから、頭を打破《うちやぶ》って、落ちまするととても助かり様はございませんが、新吉は側にある石をごろ/\谷間《たにあい》へ転がし落《おと》しました、其のうちむら/\と雲が出て月が暗く成りましたから、それを幸いに新吉は脇差を鞘に納めて、さっさと帰って来て、
新「おゝ/\お賤さん/\明けてお呉れ/\」
賤「誰《たれ》だえ」
新「己《おい》らだよ」
賤「ア新吉さんかえ、能く帰って来てお呉れだねえ、案じていたよさアお這入り」
新「アヽびしょ濡だ、何か斯《こ》う単物《ひとえもの》か何か着てえもんだ」
賤「袷《あわせ》と単物と重ねて置いたよ、さア是をお着、旨く行ったかえ」
新「すっぱり行った」
賤「私の云った通り後《あと》から石を投《や》ったのかえ」
新「投った/\、気が付いたから後から石を二つばかり投った、あれが頭へ当りゃア直《すぐ》に阿陀仏《おだぶつ》だ」
賤「いゝね、今脊中を拭くから一服おしよ、熱い湯で拭く方が好《い》いから」
と銅盥《かなだらい》へ湯を汲んで新吉の脊中を拭いてやり、
賤「袷におなり」
新「大きにさば/\した」
と其のうち此方《こっち》へ膳を持って来て酒の燗を付け、月を見ながら一猪口《ひとちょく》始めて、
賤「もう是で二人とも怖い者はないよ」
新「何《ど》うも実に旨《うめ》え事を考えて、一寸|彼奴《あいつ》も気が付かねえが、藤蔓に伝わって下りろといった時に、手前《てめえ》の智慧じゃアねえ様だといった時、胸がどきりとしたが、真逆《まっさか》さまになって落《おち》る上から側に在《あ》った石をごろ/\、あの石で頭を打破《ぶちわ》ったに違《ちげ》えねえが、彼奴は悪党の罰《ばち》だ。己《うぬ》が悪党の癖に」
是から二人で中好《なかよ》く酒盛をしているうち空は段々雲が出て来て薄暗くなり、
賤「もう寝ようじゃアないか」
というので戸締りをしに掛りましたが、
新「また曇って来たぜ、早く仕ねえ」
賤「今お待ち」
と床を敷く間新吉は煙草を喫《の》んでいると、戸外《おもて》の処は細い土手に成って下に生垣《いけがき》が有り、土手下の葮《よし》蘆《あし》が茂っております小溝《こみぞ》の処をバリ/\/\という音。
新「何《なん》だか音がするぜ」
賤「お前様《まえさん》は臆病だよ、少し音がすると」
新「デモ何だかバリ/\」
賤「なアに犬だよ」
新「何だか大変にバリ付くよ、何だろう」
と怖々《こわ/″\》庭を見る途端に、叢雲《むらくも》が断《き》れて月があり/\と照り渡り、映《さ》す月影で見ると、生垣を割って出ましたのは、頭髪《かみ》は乱れて肩に掛り、頭蓋《あたま》は打裂《ぶっさ》けて面部《これ》から肩《これ》へ血だらけになり、素肌へ馬の腹掛を巻付けた形《なり》で、何処《どこ》を何《ど》う助かったか土手の甚藏が庭に出た時は、驚きましたの驚きませんのではござりませぬ、是から悪事露見という処、一寸一息吐きまして。
五十三
引続きお聴きに入れました新吉お賤は、我《わが》罪を隠そうが為に、土手の甚
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