困ってるのだ」
甚「困るたって新吉、一人で湯灌は馴れなくっては出来ねえ、おい、それじゃアいかねえ、内所で己が手伝って遣ろうか」
新「じゃア内所で遣ってくんねえ」
四十八
甚「弓張《ゆみはり》なざア其方《そっち》の羽目へ指しねえな、提灯《ちょうちん》をよ、盥《たれえ》を伏せて置いて、仏様の腋《わき》の下へ手を入れて、ずうッと遣って、盥の際《きわ》で早桶を横にするとずうッと足が出る、足を盥の上へ載せて、胡坐《あぐら》をかゝせて膝で押《おせ》えるのだ、自分の胸の処へ仏様の頭を押付《おっつ》けて、肋骨《あばらぼね》まで洗うのだ」
新「一人じゃア出来ねえ」
甚「己は馴れていらア、手伝って遣ろう」
新「何《ど》う」
甚「何うだって盥《たれえ》を伏せるのだよ、提灯《ちょうちん》を其方《そっち》へ、えゝ暗《くれ》え心《しん》を切りねえ、えゝ出しねえ、出た/\オヽ冷てえなア、お手伝いでござえ、早桶をグッと引くのだ」
新「何う」
甚「何うたってグッと力に任して、えゝ気味を悪がるな」
新「あゝ出た/\」
甚「出たって出したのだ、さア胡座《あぐら》をかゝせな、盥《たれえ》の上へ、宜《よ》し/\そりゃ来た水を、水だよ、湯灌をするのに水が汲んでねえのか、仕様がねえなア、早く水を持って来《き》ねえ」
と云うから新吉はブル/\慄《ふる》えながら二つの手桶を提《さ》げて井戸端へ行《ゆ》く。
甚「旦那お手伝でげすよ」
と抱上げて見ると、仏様の首がガックリ垂れると、何《ど》う云うものか惣右衞門の鼻からタラ/\と鼻血が流れました。
甚「おや血が出た、身寄か親類が来ると血が出るというが己は身寄親類でもねえが、何うして血が出るか、おゝ恐ろしく片方《かたっぽ》から出るなア」
と仰向にして仏様の首を見ると、時|過《た》ったから前よりは判然《はっきり》と黒ずんだ紫色に細引の痕《あと》が二本有るから、甚藏はジーッと暫く見て居る処へ手桶を提げて新吉がヒョロ/\遣って来て、
新「兄い水を持って来たよ」
甚「水を持って来たか此方《こっち》へ入れて戸を締めなよ」
新「な何《なん》だ」
甚「此処《こけ》へ来て見やア、仏様の顔を見やア」
新「見たって仕様がねえ」
甚「見やア此の鼻血をよ」
新「いけねえなア、其様《そん》なものを見たって仕様がねえ、悪《わり》い悪戯《いたずら》アするなア」
甚「悪《わり》いたって己がしたのじゃアねえ、自然《ひとりで》に出たのだ新吉|咽喉頸《のどっくび》に筋が出て居るな、此の筋を見や」
新「エ、筋が有ったっても構わねえ、水を掛けて早く埋めよう、おい早く納めよう」
甚[#「甚」は底本では「新」]「納められるもんかえ、やい、是《こ》りゃア旦那は病気で死んだのじゃアねえ変死だ、咽喉頸に筋があり、鼻血が出れば何奴《どいつ》か縊《くび》り殺した奴が有るに違《ちげ》えねえ」
新「何《なん》だ人聴《ひとぎき》が悪《わり》いや、大きな声をしなさんな、仏様の為にならねえ」
甚「手前《てめえ》も己も旦那には御恩があらア、其の旦那の変死を此の儘に埋めちゃア済まねえ、誰《たれ》か此の村に居る奴が殺したに違《ちげ》えねえから、敵《かたき》を捜して、手前も己も旦那の敵を取って恩返《おんげえ》しを仕なけりゃア済まねえ、代官へでも何処《どこ》へでも引張《ひっぱ》って行くのだ、本堂に若旦那が居るから若旦那に一寸《ちょいと》と云って呼んで……」
新「何《なん》だな其様《そん》な事をして兄い困るよ、藪を突付《つっつ》いて蛇を出す様な事をいっちゃア困らアな、今お経を誦《あ》げてるから、エーおい兄い、それはそれにして埋めて仕舞おう」
甚「埋められるもんかえ、それとも新吉、実は兄い私《わっち》が殺したんだと一言《ひとこと》云やア黙って埋めて遣ろう」
新「何を詰らねえ事を、な何を、思い掛けねえ事をいうじゃアねえか何《なん》だって旦那を」
甚「手前《てめえ》が殺したんでなけりゃア外《ほか》に敵が有るのだから敵討をしようじゃアねえか、手前お賤と疾《と》うから深《ふけ》え中で逢引するなア種が上って居るが、手前は度胸がなくっても彼《あ》の女《あま》ア度胸が宜《いい》から殺してくれエといい兼ねゝえ、キュウと遣ったな」
新「何《ど》うも、な何《なん》だってそれは、何うも、エおい兄《あんに》い外の事と違って大恩人だもの、何ういう訳で思い違《ちげ》えて其様《そん》な事を、え、おい兄《あんに》い」
甚「何をいやアがるのだ、手前《てめえ》が殺さなけりゃア殺さねえで宜《い》いやア、手前と己は兄弟分の誼《よしみ》が有るから打明けて殺したと云やア黙って口を拭《ふ》いて埋めるが、外に敵が有れば敵討だ、マア仏様を本堂へ持って行こう」
新「これドヽ何
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