、お出でったらお出でよ」
然《そ》うなると婦人の方が度胸の能《よ》いもので、新吉の手を引いて病間へ窃《そう》っと忍んで参りますと、惣右衞門は病気疲れでグッスリと寝入端《ねいりばな》でございます。ブル/\慄《ふる》えて居る新吉に構わず、細引《ほそびき》を取って向《むこう》の柱へ結び付け、惣右衞門の側へ来て寝息を窺《うか》がって、起るか起きぬか試《ためし》に小声で、
賤「旦那/\」
と二声《ふたこえ》三声《みこえ》呼んでみたが、グウ/″\と鼾《いびき》が途断《とぎ》れませんから、窃《そっ》と襟の間へ細引を挟み、また此方《こちら》へ綾《あや》に取って、お賤は新吉に眼くばせをするから、新吉ももう仕方がないと度胸を据《す》えて、細引を手に捲《ま》き付けて足を踏張《ふんば》る。お賤は枕を押えて、
賤「旦那え/\」
と云いながら、枕を引く途端、新吉は力に任《まか》して、
新「うーム」
と引くと仰向に寝たなり虚空を掴んで、
惣「ウーン」
賤「じれったいね新吉さん、グッと斯《こ》うお引きよ、もう一つお引きよ」
新「うむ」
と又引く途端新吉は滑って後《うしろ》の柱で頭をコツン。
新「アイタ」
賤「アヽじれったいね」
と有合《ありあわ》せた小杉紙《こすぎがみ》を台処《だいどころ》で三帖《さんじょう》ばかり濡して来て、ピッタリと惣右衞門の顔へ当てがって暫く置いた。新吉はそれ程の悪党でもないからブル/\慄《ふる》えて居りまする。濡紙を取って呼吸を見るとパッタリ息は絶えた様子細引を取って見ると、咽喉頸《のどくび》に細引で縊《くゝ》りました痕《きず》が二本付いて居りますから、手の掌《ひら》で水を付けては頻《しき》りに揉療治を始めました。すると此の痕は少し消えた様な塩梅。
賤「さアもう大丈夫だ、新吉さんお前は今夜帰って、そうしてこれ/\にするのだから、明日《あした》お前悟られない様に度胸を据《す》えて来てお呉れよ」
といって新吉を帰して、すっぱり跡方の始末を付けて、直《すぐ》に自分は本家へ跣足《はだし》で駈込んで行《ゆ》きまして
賤「旦那様がむずかしくなりましたからお出《いで》なすって、まだ息は有りますが御様子が変ったから」
というと驚きまして、本家では悴《せがれ》惣二郎《そうじろう》から弟息子の惣吉《そうきち》にお内儀《かみ》さん村の年寄が駈けて来て見ると間に合いません間に合わない訳で、殺した奴が知らしたのでございますから。是非なく是から遺言状をというので出して見ると、其の書置《かきおき》に、私は老年の病気だから明日《あす》が日も知れん、若《も》し私が亡《な》い後《のち》は家督相続は惣二郎、又弟惣吉は相当の処へ惣二郎の眼識《めがね》を以て養子に遣って呉れ、形見分《かたみわけ》は是々、何事も年寄作右衞門と相談の上事を謀《はか》る様、お賤は身寄頼りもない者、無理無体に身請をして連れて来た者であるから、私が死ねば皆《みんな》に憎まれて此の土地にいられまいから、元々の通り江戸へ帰して遣ってくれ、帰る時は必ず金を五十両付けて帰してくれ、形見分はお賤に是々、新吉は折々見舞に来る親切な男なれども、お賤と中がよいから、村方の者は密通でもしている様に思うが、彼《あれ》は江戸からの親《ちか》しい男で、左様な訳はない、親切な者で有る事は見抜いているから、己が葬式は、本葬は後《あと》でしても、遺骸を埋《うず》めるのは内葬にして、湯灌《ゆかん》は新吉一人に申し付ける、外《ほか》の者は親類でも手を付ける事は相成らぬ。という妙な書置でございますが、田舎は堅いから、其の通りに先《ま》ずお寺様へ知らせに遣り、夜《よ》に入《い》り内葬だから湯灌に成りましても新吉一人、湯灌は一人では出来ぬもので、早桶を湯灌場に置いて、誰《たれ》も手を付けては成らぬというのだから、
新「皆さん入らしっては困りますよ、遺言に背きますから」
「実にお前は仕合《しやわ》せだ」
と年寄から親類の者も本堂に控えて居る。是から早桶の蓋を取ると合掌を組んだなり、惣右衞門の仏様は斯《こ》う首を垂れて居るのを見ると、新吉は現在自分が殺したと思うとおど/\して手が附けられません。殊《こと》に一人では出来ないがと思って居る処へ、土手の甚藏という男、是は新吉と一旦兄弟分に成りました悪漢《わる》。
甚「新吉/\」
新「兄いか」
甚「一寸《ちょっと》顔出しをしたのだが、本家へ行ったらお内儀《かみ》さんが泣いているし、誠にお愁傷でのう、惜しい旦那を殺した、えゝ此の位《くれ》え物の解《わか》ったあんな名主は近村《きんそん》にねえ善《い》い人だが、新吉、手前《てめえ》仕合《しやわ》せだな、一人で湯灌を言付けられて、形見分もたんまりと、エおい、おつう遣っているぜ」
新「却《かえ》って有難迷惑で一人で
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