た二度目に手を入れると今度はヒヤリ、
 ○「ウワ、ウワ、ウワ」
 甚「おい何《な》んだ」
 ○「何《ど》うも変だよ冷てえ人間の面アみた様な物がある」
 甚「ナニ些とも驚くこたアねえやア、二十五座の衣裳で面《めん》が這入《へえ》ってるんだ、そりゃア大変に価値《ねうち》のある物で、一個《ひとつ》でもって二百両ぐれえのがあるよ」
 ○「ウン、二十五座の面か」
 甚「兄い、だから己に見せやと云うんだ」
 と云われたから、今度は思い切って手を突込むとグシャリ、
 ○「ウワア」
 と云うなり土間へ飛下りて無茶苦茶にしんばりを外して戸外《おもて》へ逃出しますから、
 甚「オイ兄い、何処《どこ》へ行《ゆ》く、人に相談もしねえで、無暗《むやみ》に驚いて逃出しやアがる、此の金目《かねめ》のある物を知らずに」
 と手を入れて見ると驚いたの驚かないの、
 甚「ウアヽヽ」
 と此奴《こいつ》も同じく戸外へ逃出しました。すると其の途端に上方者が目を覚して、
 上「さアお鶴《つる》起《おき》んかえ時刻は宜《え》いがナ、起んか」
 と云うとお鶴と云う女房が、
 鶴「お止しよ眠いよ」
 上「おい、これ、起んかえ」
 鶴「お止しよ、酒を飲むと本当にひちっくどい、気色《きしょく》が悪いから厭《いや》だよ、些《ちっ》とお慎しみ」
 上「何をいうのじゃ葛籠を」
 鶴「葛籠、おや然《そ》う」
 と慾張って居りますから直《す》ぐに目を覚して、
 鶴「おや無いよ、葛籠が無いじゃアないか」
 上「アヽ彼《あ》の水口が明いとるのは泥坊が這入ったのじゃ、お長屋の衆/\」
 と呶鳴《どな》りますから、長屋の者は何事か分りませんが吊提燈《ぶらぢょうちん》を点《つ》けて出て参りますと、
 上「貴方御存じか知りまへんが最前總助はんを頼んで引取りました葛籠を盗まれました、あの葛籠は妹《いもと》から預かって置いた大事の物で、盗賊に取られたのを漸《ようよ》う取り遂《おお》せたら又泥坊が這入って持って行《ゆ》きましたによって、同じお長屋の衆は掛《かゝ》り合《あい》で御座りますナア」
 △「ナニ掛り合の訳は有りません、路次の締りは固いのだがねえ、でも源八《げんぱち》さん葛籠を取られたと云うのだがどうしましょう」
 源[#「源」は底本では「甚」]「どうしましょうって彼奴《あいつ》は長屋の交際《つきあい》が悪くって、此方《こっち》から物を遣っても向《むこう》から返したこたア無いくらいだから、其様《そんな》に気を揉むこたア無いけれども、仕方がねえから大屋さんを起すが宜《い》い」
 ●「アノ奥の一人者の内に食客が居るから、彼処《あすこ》へ行って彼《あ》の人に行って貰うが宜《よ》うございましょう」
 △「じゃア連れて来ましょう」
 と吊提燈を提げて奥へ行《ゆ》くと、戸袋の脇から真黒な面で目ばかりピカ/\光る奴が二人這出したから、
 △「ウワアヽヽ何《なん》だこれおどかしちゃアいけない」
 と云う中《うち》に、二人とも一生懸命で路次の戸を打砕《ぶちこわ》して逃出しました。
 △「アヽ何《なん》だ、本当にモウ何《ど》うも胸を痛くした、こりゃア彼奴《あいつ》が泥坊だ、私は大きな犬が出たと思って恟《びっく》りした、あゝこれだ/\これだから一人者を置いてはならないと云うのだが、家主《いえぬし》が人が善《い》いから、追出すと意趣返しをすると云うので怖がって置くのだが宜《よ》くない、此処《こゝ》にちゃんと葛籠があるわ、上方者だと思って馬鹿にして図々しい奴だ、一つ長屋に居て斯《こ》んな事をするのは頭隠して尻隠さず、葛籠を置いて行くから直ぐに知れて仕舞うんだ、何か代物《しろもの》が残って居るかも知れねえから見てやろう、ウワアお長屋の衆」
 と云うから驚いて外《ほか》の者が来て見ると、葛籠が有るから、
 ●「おゝ彼処《あすこ》に葛籠がある、好《い》い塩梅《あんばい》だ、おや、中に、ウワア、お長屋の衆」
 と来る奴も/\皆お長屋の衆と云う大騒ぎ。すると二つ長屋の事でございますから義理合《ぎりあい》に宗悦の娘お園が来て見ると恟《びっく》りして、
 園「是は私のお父《とっ》さんの死骸|何《ど》うしたのでございましょう、昨日《きのう》家《うち》を出て帰りませんから心配して居りましたが」
 △「イヤそれは何《ど》うもとんだ事」
 というので是から訴えになりましたが、葛籠に記号《しるし》も無い事でございますから頓《とん》と何者の仕業《しわざ》とも知れず、大屋さんが親切に世話を致しまして、谷中《やなか》日暮里《にっぽり》の青雲寺《せいうんじ》へ野辺送りを致しました。これが怪談の発端でござります。

        六

 引続きまして申上げまする。深見新左衞門が宗悦を殺しました事は誰《たれ》有って知る者はござりません。葛籠に記号《しるし》も
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