》と云うくらいの人、此の上方者が家主《いえぬし》の処へ参りまして、
上「ヘイ今日は、お早うござります」
家主女房「おや、お出《いで》なさい何か御用かえ」
上「ヘエ今日は、旦那はんはお留守でござりますか、ヘエ、それは何方《どちら》へ、左様でござりますか、実はなア私《わたくし》は昨夜盗賊に出逢いましたによって、お届《とゞけ》をしようと思いましたが、何分《なにぶん》届をするのは心配でナア、世間へ知れてはよくあるまいから、どうもナア、その荷物が出さえすればよいと思うて居りました、実は私の嬶《かゝ》の妹《いもと》がお屋敷奉公をしたところが、奥さんの気に入られて、お暇を戴く時に途方もない結構な物を品々戴いて、葛籠に一杯あるを、何処《どこ》か行く処の定まるまで預かってくれえというのを預けられて、家《うち》に置くと、盗賊に出逢うて、その葛籠が無くなったによって、私はえらい心配を致しまして、もし、これからその義理ある妹へ何《ど》うしようと、実は嬶に相談して居りますると、秋葉の傍《わき》に葛籠を捨てゝ有りますから、あれを引取って参りとうござりますが、旦那はんが居やはらんければ、引取られぬでござりましょうか」
女房「おや/\然《そ》うかえ、それじゃアね、亭主《うち》は居りませんが、總助《そうすけ》さんに頼んで引取ってお出《いで》なさい」
上「ヘイ有難うござります、それでは總助はんに頼んで引取りを入れまして」
と横着者で、これから總助と云う町代《ちょうだい》を頼んで、引取りを入れて、とう/\脊負って帰って来ました。
四
上「ヘエ只今總助はんにお頼み申して此の通り脊負《せお》うて参りました」
家主女房「おや大層立派な葛籠ですねえ」
上「ヘエ、これが無《の》うなってはならんと大層心配して居りました、ヘエ有難うござります」
女房「何《ど》うして其処《そこ》に棄てゝ行ったのでしょう」
上「それは私が不動の鉄縛《かなしばり》と云うのを遣りましたによって、身体が痺れて動かれないので、置いて行ったのでござりましょ、エヽ、ヘイ誠に有難いもので、旦那がお帰りになったら宜しゅうお礼の処を願います、ヘエ左様なら」
とこれから路次の角から四軒目《しけんめ》に住んで居りますから、水口《みずぐち》の処を明けて、
上「おい一寸手を掛けてくれえ」
妻「あい、おや立派な葛籠じゃアないか」
上「どうじゃ、ちゃんと引取りを入れて脊負《せお》うて来たのじゃから、何処《どこ》からも尻も宮も来《き》やへん、ヤ何《なん》でもこれは屋敷から盗んで来た物に違いないが、屋敷で取られたと云うては、家事不取締になるによって容易に届けまへん、又置いていった泥坊は私の葛籠だと云って訴える事は出来まへん、して見ればどこからも尻宮の来る気遣《きづかい》はないによって、私が引取りを入れて引取ったのじゃ、中にはえらい金目の縫模様《ぬいもよう》や紋付もあるか知れんから、何様《どのよう》にも売捌《うりさばき》が付いたら、多分の金を持って、ずっと上方へ二人で走ってしまえば決して知れる気遣はなしじゃ」
妻「そうかえ、まあ一寸明けて御覧な」
上「それでも葛籠を明けて中から出る品物がえらい紋付や熨斗目《のしめ》や縫《ぬい》の裲襠《うちかけ》でもあると、斯《こ》う云う貧乏長屋に有る物でないと云う処から、偶然《ひょっと》して足を附けられてはならんから、夜《よ》さり夜中に窃《そっ》と明けて汝《わぬし》と二人で代物《しろもの》を分けるが宜《えゝ》ワ」
妻「然《そ》うだねえ嬉しいこと、お屋敷から出た物じゃア其様《そん》な物はないか知らぬが、若《も》し花色裏の着物が有ったら一つ取って置いてお呉れよ」
上「それは取って置くとも」
妻「若しちょいと私に※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]《さ》せそうな櫛《くし》笄《こうがい》があったら」
上「それも承知や」
妻「漸々《よう/\》運が向いて来たねえ」
上「まあ酒を買《こ》うて」
と云うので是から楽酒《たのしみざけ》を飲んで喜んで寝まする。すると一番奥の長屋に一人者があって其処《そこ》に一人の食客《いそうろう》が居りましたが、これは其の頃|遊人《あそびにん》と云って天下禁制の裸で燻《くすぶ》って居る奴、
○「おい甚太《じんた》/\」
甚「ア、ア、ア、ハアー、ン、アーもう食えねえ」
○「おい寝惚けちゃアいけねえ、おい、起きねえか、エヽ静かにしろ、もう時刻は好《い》いぜ」
甚「何を」
○「何をじゃアねえ忘れちゃア仕様がねえなア、だから獣肉《もゝんじい》を奢《おご》ったじゃアねえか」
甚「彼《あ》の肉を食うと綿衣《どてら》一枚《いちめえ》違うというから半纒《はんてん》を質に置いてしまったが、
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