》は小金原で殺されてからお前様が坊様に成ったという事ア聞いたから、チョックラ往きてえと思っても出られねえので無沙汰アしやしたが、能くまア来て下せえやした、本当に見違えるような大《でか》く成ったね」
惣「爺《じい》やア、私は和尚様に願い無理に暇《ひま》を戴いて、兄さんや姉さんの敵が討ちたくって来たが、お父様《とっさん》お母様《っかさん》の敵は知れました」
とお熊比丘尼の懺悔をば新吉夫婦が細《こま》やかに聞き、遂に三人共自殺した処から、村方の者が寄集まって因果塚を建立した事までを話すと、多助も不思議の思いをなして、是から作右衞門にも相談の上敵討に出ましたが、そういう処に隠れて泥坊をしているからには同類も有ろうから、私とお前さんと江戸へ往って、花車関を頼もうと頓《やが》て多助と惣吉は江戸へ遣って参り、花車を便《たよ》りて此の話を致して頼みました。此の花車という人は追々《おい/\》出世をして今では二段目の中央《なかば》まで来ているから、師匠の源氏山も出したがりませんのを、義に依《よっ》てお暇《いとま》を下さいまし、前に私が奉公をした主人の惣右衞門様の敵討をするのでございますからと、義に依っての頼みに、源氏山も得心して芽出度《めでたく》出立いたし、日を経て彼《か》の五助街道へ掛りましたのが十月|中旬《なかば》過ぎた頃もう日暮れ近く空合《そらあい》はドンヨリと曇っておりまする。三人はトットと急いで藤ヶ谷の明神山を段々なだれに登って参りますると、樹木[#「樹木」は底本では「樹本」]生茂《おいしげ》り、昼でさえ薄暗い処|殊《こと》には曇っておりまするから漸々《よう/\》足元が見えるくらい、落葉《おちば》の堆《うずも》れている上をザク/\踏みながら花車が先へ立って向《むこう》を見ると、破《や》れ果てたる社殿が有ってズーッと石の玉垣が見え、五六本の高い樹《き》の有る処でポッポと焚火《たきび》をしている様子ゆえ、彼処《あすこ》らが隠れ家ではないかと思いながら傍《わき》の方を見ると、白いものが動いておりまするが、なんだか遠くで確《しか》と解りません。
花「多助さん確《しっ》かりしなせえ」
多「もう参《めえ》ったかねえ、私《わし》はね剣術も何《なん》にも知んねえが此の坊様に怪我アさせ度《た》くねえと思うから一生懸命に遣るが、あんたア確かり遣って下せえ」
花「私《わし》イ神明様《しん
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