ても、親子で有《あり》ながら訪ねる事も出来ないというのは皆《みんな》罰《ばち》と思って後悔しているのだよ」
 賤「どうもね本当に、それでも能くまア法衣《ころも》を着る了簡になったね」
 といいながら、新吉に向い、
 賤「お前さんにも話をした深川櫓下の花屋の、それね……お前さんの様な親子の情合《じょうあい》のない人はないけれ共能くまア後悔してお比丘におなりだね」
 尼「比丘なんぞになり度《た》い事はないが、是も皆《みんな》私の作った悪事の罰《ばち》で、世話のして呉れ人《て》もなくなり、段々|老《と》る年で病み煩いでもした時に看病人もない始末、あゝ何《ど》うしたら宜《よ》かろう、あゝ是も皆《みんな》罰ではないかと身体のきかない時には、真《ほん》に其の後悔というものが出て来るものでのうお賤、して此のお方はお前の良人《おつれあい》かえ」
 賤「あゝ」
 新「いつでも此女《これ》から話は聞いていました、一人お母様《っかさん》があるけれ共|生死《いきしに》が分らない、併《しか》し丈夫な人で、若い気象だったから達者でいるかとお噂は能くしますが、私は新吉と云う不調法ものでございますが、今から何分幾久しゅう願います」
 尼「此のお賤は私の方では娘とも云えません、又親とは思いますまい、憎くってねえ、あゝ実にお前に会うのも皆《みんな》神仏《かみほとけ》のお叱りだと思うと、身を切られる程つらいと云う事を此の頃始めて覚えました、云わない事は解りますまいが、私は此の頃は誰が来ても身の懺悔をして若い時の悪事の話を致しますと、遊びに来る老爺《おじい》さんや老婆《おばあ》さんも、おゝ/\そうだのう、悪い事は出来ないものだと云って、又其の人達が若い時分の罪を懺悔して後悔なさる事があるから、私が懺悔をしますと人さまもそれに就《つい》て後悔して下されば私の身の為にもなろうと思って、逢う人|毎《ごと》に私の若い時分の悪事を懺悔してお話を致します、私も若い時分の放蕩と云うものは、お賤は知りませんが中々一通りじゃアありませんでしたよ」
 新「お母《っか》さん、なんですか、お前さんは元《も》と何処《どこ》の出のお方でございます、多分|江戸子《えどっこ》でしょう」
 尼「いえ私の産れは下総の古河《こが》の土井さまの藩中の娘で、親父《おやじ》は百二十石の高《たか》を戴いた柴田勘六《しばたかんろく》と申して、少々ばかり
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