るのでござりまする。丁度其の日の申刻《なゝつ》下《さが》り、日はもう西へ傾いた頃、此の茶見世へ来て休んでいる武士《さむらい》は、廻し合羽《がっぱ》を着て、柄袋の掛った大小を差し、半股引の少し破《や》れたのを穿いて、盲縞《めくらじま》の山なしの脚半《きゃはん》に丁寧に刺した紺足袋、切緒《きれお》の草鞋《わらじ》を穿き、傍《かたわら》に振り分け荷を置き、菅《すげ》の雪下《ゆきおろ》しの三度笠を深く冠《かぶ》り、煙草をパクリ/\呑んで居りますると、門口から這入って参りました馬方は馬を軒の傍へ繋《つな》いで這入って来ながら、
馬「婆《ばア》さま、お茶ア一杯《いっぺえ》くんねえ、今の、お客を一人|新高野《しんこうや》まで乗《のっ》けて来た」
婆「おめえさまは何時《いつ》もよい機嫌だのう」
馬「いゝ機嫌だって、機嫌悪くしたって銭の儲かる訳でもねえから仕ようがねえのよ」
といいながら彼《か》の縁台に腰を掛けていたる客人を見て、
馬「お客さん御免なせえ、あんた何方《どちら》へおいでゝごぜえやすねえ、もうハア日イ暮れ掛って来やしたから、お泊《とまり》は流山か松戸|泊《どまり》が近くってようごぜえましょう、川を越してのお泊は御難渋《でけえ》ようだが、今夜は何処《どこ》へお泊りか知りやせんが、廉《やす》くやんべえかな」
士「馬は欲しくない」
馬「どうせ帰《けえ》り馬でごぜえやす、今ね新高野までお客ウ二人案内してね、また是から向《むこう》へ往《い》くのでごぜえやすが、手間がとれるから、鰭ヶ崎の東福寺《とうふくじ》泊《どま》りと云うのだが、幾らでもいゝから廉く遣るべえじゃアねえか」
士「馬は欲しくないよ」
馬「欲しくねえたって廉かったら宜《え》えじゃアねえか」
士「廉くっても乗り度《た》くないというのに」
馬「そんな事を云わずに我慢して乗ってッて下せえな」
士「うるさい、乗り度くないから乗らんというのだ」
馬「乗り度くねえたって乗ってお呉んなせえな、馬にも旨《うめ》え物を喰わして遣りてえさ、立派な旦那様、や、貴方《あんた》ア安田さまじゃありやせんか」
士「誰だ」
馬「おゝ先生かえ、誠に久しく会わねえ、まア本当に思えがけねえ、横曾根村にいた安田先生だね」
士「大きな声をするな、己は少々仔細有って隠れている身の上だが、突然《だしぬけ》に姓名をいわれては困る、貴様は
前へ
次へ
全260ページ中224ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング