うじん》が、十歳になる惣吉という子供の手を曳いて敵討《かたきうち》の旅立でありますから、村方一同も止める事も出来ず、名残を惜んでおります、皆小前の者がぞろ/\と大勢川端まで送って参ります。
母「さア作右衞門さんこれで別れましょうよ、何処《どこ》まで送っても同じ事《こッ》たからこれで」
作「だけんども船へ乗るまで送り申し度《て》いと皆こういっている」
母「だけんども却《けえ》って船に私《わし》乗っかって、皆《みんな》が土手の処にいかい事皆が立っていると、私快くねえ、名残惜くって皆が昨宵《ゆうべ》から止められるのでね、誠に立度《たちた》くござえませんよ、何卒《どうぞ》お前が差図《さしず》して帰しておくんなさいましよ」
作「はい、それじゃア皆《みん》な是《こ》れにてお別れとしましょうよ、えゝ送れば送られる程御新造は心持い悪いてえからよう」
村方の者「左様ならまア随分お大事に」
村方の者「左様ならハアお大事《でえじ》に」
村方の者「左様ならお大事《でえじ》に、早くお帰りなさいましよ」
作「何卒《どうぞ》早くお帰《けえ》りをお待ち申しますよ」
母「さアよ多助どうしたもんだ、汝《われ》其所《こゝ》に立っているから皆《みんな》立っていべえじゃアねえか、汝から先《さ》き帰《けえ》ろというに」
多「おれだけは戸頭まで送る」
母「送らねえでも宜《え》えてえに」
多「送らねえでも宜えたって、村の者《もん》と己とは違う、己はあんた十四の時から側にいるので、何所《どこ》まで送っても村の者《もの》は兎や角云う気遣《きづけえ》ねえから送り申しますよ」
母「あゝいう馬鹿野郎だもの、汝《われ》が送ると云えば皆《みんな》が送ると云うから汝|帰《けえ》れてえに、昨宵《ゆうべ》いったこと分らなえか」
多「ヘエ、じゃア御機嫌よく行っておいでなせえ、惣吉様道中でお母様《っかさま》に世話やかしてはいけませんよ、今までは草臥《くたび》れゝば多助が負《おぶ》って上げたが、もう負って上げる者《もん》はねえよ、エヽ気の毒でもあんた歩いてまいらなえばならんだ、永旅だから我儘してお母様に心配《しんぺえ》かけてはなりませんよ、大事《でえじ》に行っておいでなさえましよ」
惣「うーん、大丈夫だよ、多助も丈夫で」
多「こんな別れの辛い事《こた》ア今迄ねえね」
母「別れエ辛《つれ》えたッておっ死《ち
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