誠にまアどうも明日《あした》立つだって、魂消て来たでがんす、どうもこれ名残い惜くって渡口まで送るという者《もん》が沢山ござえます」
母「ありゃまア、送らねえでも好《え》えよ、用がえれえに」
太「なに用はなえだから皆《みな》送り度《て》えと思《おめ》えまして、名残い惜いが寒《さみ》い時分だから大事にしてねえ」
母「はい有難う、又祝いの餅い呉れたって気の毒なのう、どうか婆様《ばあさま》ア大事にして」
太「ヘエ婆《ばゝ》アもどうかお目に掛り度《て》えといっております」
母「おゝ誰だい、さア此方《こっち》へ這入りな」
甲「ヘエ、誠にはア、魂消まして、どうかまア止め度《て》えといったら止めてはなんねえって叱られた、随分道中を大事に」
九「ヘエ御免」
母「誰だい」
九「九八郎で、誠にどうもさっぱり心得ませんで、急にお立だと云うこッて、お名残い惜《おし》ゅうござえます」
母「おや/\上《かみ》の婆様《ばゞさま》、あんた出《で》で来《き》なえで好《え》えによ」
婆「はい御免なさえ、誠にまアどうも只お名残い惜いから、どうぞ碌に見えない眼だが、ちょっくりお顔を見てえと思ってお暇乞《いとまごえ》に参《めえ》りました、明日《あした》立つだッて、なんだかあっけなえこったって、私《わし》の嫁なんざア泣《ね》えてばいいるだ、随分|大事《でえじ》になえ」
母「はい有難うござえます、お前《めえ》も随分|大事《でいじ》にして、毎《いつ》も丈夫で能くねえ」
乙「ヘエ誠にどうもお力落しでがんす」
丙「おい/\何《なん》だってお力落しなんていうんだ」
乙「でも飛んだ事だと云うじゃアなえか」
丙「馬鹿いえ、敵討《かたきぶち》にお出でなさるのに力落しという奴があるか」
乙「ヘエ誠にそれはアお目出度《めでて》えこって」
丙「これ/\お目出度えでなえ」
乙「なんでも好《い》いじゃアなえか」
という騒ぎで、村中餅を搗きましたり、蕎麦を打ったり致して一同出立を祝するという、惣吉|仇討《あだうち》に出立の処は一寸一息。
七十九
さて時は寛政十一年十二月十四日の朝早く起きまして、旅仕度を致しますなれども、三代も続きました名主役、仮令《たとえ》小村《こむら》でも村方を離れて知らぬ他国へ参りますものは快くないもので、殊《こと》には年を取りました惣右衞門の未亡人《びぼ
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