様が通り掛って助けて家《うち》に置いて下さるお蔭で以《もっ》て、黒い羽織を着て、村でも富さん/\といわれるのは全く旦那の御恩でげす、其の御恩のある旦那を、悪心ある者の為に手引をして殺させるという様な事は、どの様なことがあっても覚えはござりませぬが、アヽ痛《いた》たゝゝアヽ痛うござります、腕が折れてしまいます」
花「なに痛いと、腕を折ろうと脊骨を折ろうと己の了簡だ、己が兄弟分になった旦那を、殺した奴を捜して敵《かたき》を討たにゃならぬ、手前《てまえ》一人に換えられないから云わなけれア殺してしまう、それとも殺させたといえば助けて遣るが、云わないか此の野郎」
と松の木の様な拳《こぶし》を振上げて打とうと致しました時には、実に鷲《わし》に捕《つか》まった小鳥の様なもので、逃げるも退《ひ》くも出来ません、此の時に富五郎がどう言訳を致しますか、一寸一息つきまして。
六十八
富五郎が花車に取って押えられましたは天命で、己《おのれ》が企《たく》みで、惣次郎の差料《さしりょう》の脇差へ松脂を注《つ》ぎ込んで置きながら、其の脇差を抜いて惣次郎がちょん/\切合ったという処から事が顕《あら》われて、富五郎は何《なん》といっても遁《のが》れ難《がと》うございます。殊《こと》に相手は角力取り、富五郎の片手を取って逆に押えて拳を振上げられた時には、どうにもこうにも遁途《にげど》がありませぬ、表の玄関には二人の弟子《とりてき》が張番をしていて、若《も》し逃げ出せば頸《くび》を取って押えようと待っておりますから、此の時は富五郎が真青《まっさお》になって、寧《いっ》そ白状しようかと胸に思いましたが、其処《そこ》は素《もと》より悪才に長《た》けた奴。
富「関取、御疑念の程重々御尤も、もうこうなれば包まず申します、申しますからお放し下さい」
花「申しますと、云ってしまえばそれでよい」
富「云ってしまいます、是迄の事を残らずお話し致します、致しますが関取、そう手を押えていては痛くって/\喋ることが出来ません、こうなった以上は遁《に》げも隠れも致しませぬ、有体《ありてい》に申すから其の手を放して下さい、あゝ痛い」
花「云ってしまえばよい、さア残らず云ってしまえ」
と押えた手を放しますと、側に大きな火鉢がありまして、かん/\と火が起《おこ》っております。それに掛っている大薬鑵
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