えいうだ、どうだい、帰《けえ》ったばかりで草臥《くたびれ》て居るだろうが、行って遣《や》ってくんろよ」
富「ヘエ成程関取が用立った処が向の奴が返さんのですか、なに直《す》ぐ取って上げましょう、造作もありません、百両……百両……なアに金なんぞお礼に戴かぬでも御懇意の間でげすから直ぐに行って参ります」
と止せばよいのに黒い羽織を着て、一本|帯《さ》して、ひょこ/\遣って来ましたのが天命。
富「はい御免なさい、関取のお宅《うち》は此方《こちら》でげすか、頼みます/\」
弟子「おーい此処《こゝ》だい」
花「これ/\一寸此処へ来い、富五郎という人が来たら奥へ通して己が段々掛合いになるのだで、切迫《せっぱ》詰って彼奴《あいつ》が逃げ出すかも知れないから、逃げたらば表に二人も待ってゝ、逃《にげ》やがったら生捕《いけど》って逃がしてはならぬぞ、えゝ、初めは柔和な顔をして掛合うから」
弟子「逃げたら襟首を押えて」
花「こう/\そんな大きな声を、此方《こちら》へお這入りなさいといえ」
六十七
弟子「此方《こっち》へお這入んなせい」
富「御免を蒙《こうむ》ります」
花「さア富さん此方《こっち》へ、取次も何もなしにずか/\上《あが》って好《い》いじゃないか、さア此方へ来て下さい」
富「えー其の後《ご》は存外御無沙汰を、えー毎《いつ》も御壮健で益々|御出精《ごしゅっせい》で蔭ながら大悦《たいえつ》致します、関取は大層評判が好《よ》うげすから場所が始まりましたら、是非一度は見物致そうと心得ていましたが、御案内の通りさん/″\の取込で、つい一寸の見物も出来ません、併《しか》し御評判は高いものでござります、昨年から見ると大した事で、お羨《うらやま》しゅう、実に関取は身体も出来て入《いら》っしゃるし、殊《こと》には角力が巧手《じょうず》で、愛敬があり、実に自力のある処の関取だから、今に日の下|開山《かいざん》横綱の許しを取るのはあの関取ばかりだといって居ます」
花「余計な世辞は止して下せい、私《わし》は余計な世辞は大嫌いだから」
富「いや世辞は申しません、これは譬《たと》えの通り人情で、好きなものは一遍顔を見た者には、知らぬ人でも勝たせたいと思うのが人間の情《じょう》でげしょう、況《ま》して旦那とは兄弟分でこうやって近々《ちか/″\》拝顔を得ますから、場
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