頭巾を被った奴が旦那を殺したと思って、其の事を皆の中で話をしようかと思ったが、旦那と私と深い中のことは知って居るし、若《も》し角力が加勢をすると思って、遠く逃げてしまわれたら手掛りはないから、是は知らぬ積りで家《うち》へ帰ったが好いと思うて、其の脇差を提《さ》げて帰ってからは何処《どこ》へも出ず、外《ほか》の者にも黙ってろ知らぬ積りでいろといい付けて来ずにいましたが、今日は斯《こ》うして脇差を持って来ました」
母「あれやまア、どうも不思議なこんだ、殺された処へ通り掛って脇差い拾ったって、其の斬った奴は何様《どんな》奴だかね」
花「お隅さん、それはね此の脇差はどうしたのか知れないが、ちょっくり抜けない、私《わし》の力でもちょっくり抜けない、何《なん》でも松脂《まつやに》か何か附いてると見えて粘《ね》ば/\してるから、ひっついて抜けないが、これは旦那の不断差す脇差で私も能く知っております」
母「あれやまアどうも、お前が知ってるのが手に這入るのは不思議だねえ」
六十六
隅「お母様《っかさん》、もう少し関取が早かったら助かりましたものを」
花車「此の通り抜けない、抜けないから脇差を投《ほう》り付けたのを盗賊《どろぼう》が置いて行ったか、其処《そこ》は分らんが、今富五郎が私《わし》も切り合い旦那も切合ったが、相手が大勢で敵《かな》わんというので駈付けて来て知らしたというのは、それはどうも私は胡散なことと思う、仮令《たとえ》相手が多かろうが少なかろうが、旦那|様《さん》が危《あぶな》いのを一人|措《お》いて逃げて来るという訳はないねえ、然《そ》うじゃないか、大切な主人と思えばどこ迄も助けるには側にいなければならぬ、それを措いて来るとは、怖いから逃げたとしか思えない、旦那が脇差を抜いて切合ったというが抜けやしない、ねえ、どうしても抜けない刀を抜いて切合ったという道理がないから、どうも富五郎という奴が怪しい、という訳は、お隅さん、去年の秋大生郷の天神前で喧嘩を仕掛けた奴がお隅さんが麹屋に居た時分お前さんに惚れて居て冗談をいった奴がある、処がお隅さんは堅いから、いう事を聞かんで撥付《はねつ》けたのを遺恨に思うているということを知っている、事に依《よ》ったら安田一角が旦那を切って逃げやアしないかと考えた、就《つい》ては山倉富五郎という野郎は、口前は好《い》
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