安「何《な》んだ」

        五十六

 隅「麹屋の隅でございますが、只今|私《わたくし》が旦那様のお供をして来て、つい例《いつも》の麁忽者《そこつもの》で駈出して躓《つまづ》きまして、足で蹴《け》たの踏んだのという訳ではありませんが、一寸《ちょっと》足が触りましたので、貴方と知っていれば宜しいのに、うっかり足が出ましたので、それ故先生様の御立腹で誠に私《わたし》がお供に来て済みませんから、不調法でございますが何卒《どうぞ》御勘弁なすって下さいな決して蹴たの踏んだのという訳でもなし、お供をして来て不調法が有っては、羽生村の旦那様に済みませんし、あの私《わたくし》の麁忽者《そゝッかしや》の事は先生も御存じで入らっしゃいますから、お馴染《なじみ》甲斐に不調法の処は重々お詫を致しますから御勘弁を」
 安「黙れ、なに馴染がどうした、馴染なら如何《いか》に無礼致しても済むと思うか、手前には聊《いさゝ》か祝義を遣わした事も有るが、どれ程の馴染だ、又拙者は料理屋の働女《はたらきおんな》に馴染は持たん、無礼を働いても馴染なら許して貰えると思うか、鼻を殺《そ》ぎ耳を斬って馴染だから御免とそれで済むか無礼至極な奴、女の足に刀を踏まれては猶更《なおさら》汚《けが》れた、浄めて返せ」
 仁「是は先生至極御尤、御尤もだが酒も何もまずくなったなア、是はどう云う身分柄か知らんが馴染だから勘弁という詫の仕様はないが、誰かあゝお隅か妙な処で出会《でくわ》したなア、先生/\麹屋の隅でございます、能く来たなア、え隅か、是は何《ど》うも詫《あや》まれ/\、重々何うも済まぬ、先生/\お隅でございます、貴公知らなんだ、あはゝゝゝどうも麁相《そそう》はねえ詫びるより外に仕方がない、詫びて勘弁ならんという事は無い、重々恐入ったと詫びろ、能く来た、あの先生、先生/\勘弁してお遣りなさいお隅でござる」
 安「な何を戯言《たわこと》、勘弁相ならん」
 と猶更額に筋を出して中々承知しませんから、惣次郎もまさか其の儘に逃出す訳には往《ゆ》かず、困り果てゝおりますと、奥の離座敷の方に客人に連れられて参って居たは花車重吉、客人は至急の用が出来て帰りましたから、花車は遥《はるか》に此の様子を聞いて、惣次郎とは固《もと》より馴染なり兄弟分の契約《かため》を致した花車でございますから心配しておりまする。
 多「もし旦那様/\
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