様も種々《いろ/\》心配なさるが、常に堅い人だから、うっかり意見がましい事もいわれませんので控えている。すると其の翌年|寛政《かんせい》十年となり、大生郷村の天神様から左《ひだ》りに曲ると法恩寺《ほうおんじ》村という、其の法恩寺の境内に相撲が有ります。此の相撲場は細川越中守《ほそかわえっちゅうのかみ》様御免の相撲場ということで、木村權六《きむらごんろく》という人が只今|以《もっ》て住んで居ります、縮緬《ちりめん》の幕張《まくば》りを致して、田舎相撲でも立派な者で近郷からも随分見物が参ります、此処《こゝ》に参っている関取は花車重吉《はなぐるまじゅうきち》という、先達《せんだって》私《わたくし》古い番附を見ましたが、成程西の二段目の末から二番目に居ります。是は信州|飯山《いいやま》の人で十一の時初めて羽生村へ来て、名主方に二年ばかり奉公している其の中《うち》に、力もあり体格もいゝので、自分も好きの処から、法恩寺村の場所へ飛入りに這入ると、若いにしては強い、此の間は三段目の角力《すもう》を投げたなどゝ賞《ほ》められましたから、自分も一層相撲に成ろうと、其の頃の源氏山《げんじやま》という年寄の弟子となったが、是より花車が来たといえば土地の者が贔屓にして見物に来る。惣次郎も何時《いつ》も多分の祝義を遣わしましたが、今度もお隅を伴《つ》れて見物しようと思い、相撲は附けたり、お隅に逢いたいからそこ/\支度を致しますと、母が心配して
 母「アノ帰るなら今夜は些《ち》と早く帰って貰《もれ》え度《て》え、明日《あす》は少し用が有るからのう」
 惣次郎「少しは遅く成るかも知れません、若《も》し遅くなれば喜右衞門《きえもん》どんに何彼《なにか》と頼んで置いたから御心配は無いが、万一《ひょっと》して花車も一杯[#「一杯」は底本では「一抔」]やり度《た》いなどゝ云うと、些《ちっ》とは私も遣り度い物も有りますから、又帰る迄に着物でも持たして遣りとうございますし、そんな事で種々《いろ/\》又相談も致しますから、若し遅く成りましたら、何《ど》うかお先にお寝《やす》みなすって下さいまし」
 母「ハイ遅くならば先《さ》きに寝てもいゝだけれど、まア此の頃は他《ほか》へ出ると泊って来る事もあり、今迄旦那様が達者の時分にはお前が家《うち》を明けた事はねえ、あんな堅《かて》え若旦那様はねえ、今の世は逆《さか》さ
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