次郎は堅くって内気ですから他《た》に出たことも無い人でございますが、或時村の友達に誘われまして水街道へ参って、麹屋《こうじや》という家《うち》で一猪口《ひとちょこ》やりました、其の時、酌に出た婦人が名をお隅《すみ》と申しまして、齢《とし》は廿歳《はたち》ですが誠に人柄の好《よ》い大人しやかの婦人でございます。
五十四
水街道あたりでは皆|枕附《まくらつき》といいまして、働き女がお客に身を任せるが多く有りますが、此のお隅は唯無事に勤めを致し、余程人柄の好《よ》い立振舞から物の言い様、裾捌《すそさばき》まで一点の申分のない女ですから、惣次郎は麹屋の亭主を呼んで、是は定めし出の宜しい者だろうと聞合せますと、元は谷出羽守《たにでわのかみ》様の御家来で、神崎定右衞門《かんざきさだえもん》という人の子で、お父様《とっさま》と一緒に浪人して此の水街道を通り、此の家に泊り合せると定右衞門が生憎《あいにく》病気で長く煩らって没《なく》なり、後《あと》で薬代《くすりしろ》や葬式料に困って居ります故、宿の主人《あるじ》が金を出して世話を致しましたから恩報じかた/″\此の家に奉公致し、外《ほか》に身寄親類もない心細い身の上でございますから、何分願います、外の女とは違いまして真面目に奉公を致して居りますもの、贔屓《ひいき》にして下さいというので、惣次郎の気に入りまして、度々《たび/\》遊びに来る、其の頃の名主と申しては中々幅の利いた者ですから、名主様の座敷へ出る時は、働き女でも芸妓《げいしゃ》でも、まア名主様に出たよなどと申して見得《みえ》にしたものでございます。惣次郎もお隅には多分の祝義を遣わし折節は反物《たんもの》などを持って来て遣る事も有るから、男振といい気立《きだて》といい柔和温順で親切な名主様と、お隅も大切に致し、何《ど》うも有難いと思い、或日の事、
隅「私は外に参る処もない身の上でございますから、何分御贔屓なすって下さい」
というので、惣次郎も近々《ちか/″\》来る中《うち》に、不図した縁で此のお隅と深くなりました事で、今迄堅い人が急に浮《うか》れ出すと是は又格別でございまして、此の頃は家を外《そと》に致す様な事が度々でございますから、お母様《っかさん》も心配する、弟御《おとうとご》もございますが、是はまだ九歳で、何も役にたつ訳でもございませぬから、お母
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