女房だ、親|同胞《きょうだい》を捨てゝも亭主に附くと手前云った廉《かど》があるだろう、然《そ》うじゃアねえか、え、おい、縁の切れた兄を何故《なぜ》敷居を跨《また》がせて入れた、それが己の気に入らねえ、兄の釣った蚊帳なれば猶《なお》気に入らねえ、気色が悪《わり》いから是を売って他の蚊帳にするのだ」
累「何卒《どうぞ》お金子《かね》がお入用《いりよう》なれば兄が金を三両程置いて参りましたから、是をお持ち遊ばして、蚊帳だけは何卒《どうか》」
新「金を置いて行った、そうか、どれ見せろ」
作「だから金は何処《どこ》から出るか知んねえ、富貴《ふうき》天にあり牡丹餅《ぼたもち》棚にありと神道者《しんどうしゃ》が云う通りだ、おいサア行くべえ」
新「行くったって三両|許《ばか》りじゃア、塩噌《えんそ》に足りねえといけねえ、蚊帳も序《ついで》に持って行って質に入れ様じゃアねえか」
作「マア蚊帳は止せよ、子供が蚊に喰われるからと姉御が云うから、三両取ったら堪忍して遣って、子供が憫然だから蚊帳は止せよ」
新「何《なん》だ弱《よえ》え事を云うな」
作「弱えたって人間だから、お内儀《かみ》さんが塩梅《あんべえ》の悪《わり》いのに憫然ぐれえ知って居らア、止せよ」
新「憫然も何も有るもんか、何を云やアがるのだ此ン畜生《ちきしょう》、蚊帳を放さねえか」
累「それは旦那様お情のうございます、金をお持ち遊ばして其の上蚊帳までも持って行っては私《わたくし》は構いませんが坊が憫然で」
新「何《なん》だ坊は己の餓鬼だ、何だ放さねえかよう、此畜生《こんちきしょう》め」
と拳《こぶし》を固めて病人の頬をポカリ/\撲《ぶ》つから、是を見て居る作藏も身の毛|立《だ》つようで、
作「止せよ兄貴、己酒の酔《えい》も何も醒《さ》めて仕舞った、兄貴止せよ、姉御、見込んだら放さねえ男だから、なア、仕方がねえから放しなさえ、だが、敲くのは止せよ」
新「なに、此畜生め、オイ頭の兀《はげ》てる所《とこ》を打《ぶ》つと、手が粘って変な心持がするから、棒か何か無《ね》えか、其処《そこ》に麁朶《そだ》があらア、其の麁朶を取ってくんな」
作「止せよ/\、麁朶はお願いだから止せよ」
新「なに此畜生|撲《なぐ》るぞ」
作「姉御麁朶を取って出さねえと己《おら》を撲るから、放すが宜《え》え、見込まれたら蚊帳は助からね
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