藍《あい》の万筋《まんすじ》の小袖に黒の唐繻子《とうじゅす》の帯で、上に葡萄鼠《ぶどうねずみ》に小さい一紋《ひとつもん》を付けました縮緬《ちりめん》の半纏羽織《はんてんばおり》を着まして、其の頃|流行《はや》った吾妻下駄を穿いて這入って来る。跡からついて参るのが馬方の作藏と申す男で、
 作「お賤《しず》さん是が累《かさね》の墓だ」
 賤「おやまア累の墓と云うと、名高いからもっと大きいと思ったら大層小さいね」
 作「小さいって、是が何《ど》うも何《なん》と二十六年祟ったからねえ、執念深《しゅうねんぶけ》え阿魔《あま》も有るもので、此の前《めえ》に助《すけ》と書いてあるが、是は何う云う訳か累の子だと云うが、子でねえてねえ、助と云うのは先代の與右衞門の子で、是が継母《まゝはゝ》に虐《いじ》められ川の中へ打流《ぶちなが》されたんだと云う、それが祟って累が出来たと云うが、何《なん》だか判然《はっきり》しねえが、村の者も墓参りに来れば、是が累の墓だと云って皆《みんな》線香の一本も上げるだ、それに願掛《がんがけ》が利くだねえ、亭主が道楽ぶって他の女に耽《はま》って家《うち》へ帰《けえ》らぬ時は、女房が心配《しんぺえ》して、何うか手の切れる様に願《ねげ》えますと願掛すると利くてえ、妙なもので」
 賤「そうかね、私はまア斯《こ》うやって羽生村へ来て、旦那の女房《おかみ》さんに、私の手が切れる様に願掛をされて、旦那に見捨てられては困るねえ」
 作「なに心配《しんぺえ》しねえが宜《い》いだ、大丈夫《でえじょうぶ》、内儀《おかみ》さんは分った者《もん》で、それに若旦那が彼《あ》ア遣《や》って堅くするし、それに小さいけれども惣吉様も居るから其様《そん》な事はねえ、旦那は年い取ってるから、たゞ気に入ったで連れて来て、別に夢中になるてえ訳でもねえから、それに己連れて来たゞと云って話して、本家でも知ってるから心配《しんぺえ》ねえ、家《うち》も旦那どんの何《なん》で、貴方《あんた》が斯《こ》うしてと云って、旦那の誂《あつら》えだから家も立派に出来たゞのう」
 賤「何《なん》だか茅葺《かやぶき》で、妙な尖《とが》った屋根なぞ、其様《そん》な広い事はいらないといったんだが、一寸《ちょっと》離れて寝る座敷がないといけないからってねえ、土手から川の見える処は景色が好《い》いよ」
 作「好《よ》うがすね。ヤア
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