こ》の茶の黒《くろっ》ぽい縞《しま》の布子《ぬのこ》に縞の前掛に、帯は八王子博多を締めて、商人然としている。かた/\の方は南部の乱立《らんたつ》の疎《あら》っぽい縞の小袖、これは芸妓の時の着替をふだん着に卸したと云うような著物《きもの》に、帯が翁格子《おきなごうし》と紺の唐繻子《とうじゅす》と腹合せの帯を締めて、丸髷に浅黄鹿子《あさぎかのこ》の手柄が掛って、少し晴々《はで/\》しい商人の細君然たるこしらえでも自然に垢が脱《ぬ》けて居ります。仲の善い夫婦で、思いに思った仲でございますから、お飯《まんま》を食べても物を衝《つゝ》き合って食べるが面白いという間柄です。三八も馴染だから、
庄「さ此方《こちら》へ」
三「旦那追々御繁昌で」
庄「此の間は何うも何ですな、池の端の方へ小僧に持たして遣りました時に多分に買って下さって」
三「いや何でも多量《たんと》という訳には往《ゆ》きませんが」
庄「なに些《ちっ》とずつでも度々《たび/\》買ってくれる人が有れば善《よ》いので」
三「大変に何うも、いえ評判が宜うがす、一つは此方《こちら》の御新造が御器量が美《い》いからお茶の色がよく出ますとね」
美「あら何うも情《いろ》が出る、いやな油だ事よ」
三「そういう訳ではない御新造様」
美「御新造様なんて名をお云いな」
三「それ何うも凛々《りゝ》しく成っちまって気が詰ります……おかみさん、誠に何うも御無心に来たんです、芸者衆の処《とこ》に斯うやって帳面を持って貰って歩いて、金も集りましたが、是では何うも親子三人|行立《ゆきた》たないので……世帯《しょたい》を持たして何《ど》んな商法でもさせたいと思ってもお母《っか》さんが目が悪いんですから、と云って親の有る者は育児院では入れてはくれますまいから、仕様が無いから、何うか工夫をするにも金さいありア附かない事も有りません、それは他でも有りません、あなたを日頃御贔屓にした奧州屋の」
美「奧州屋の、おや」
三「それ美土代町の新助さん、妻恋坂下の切腹三法南無三法さ」
美「あゝそうかね、それが何うしたの」
三「何うしたって仕ねえって、驚いたね何うも、駒込の安泊《やすどまり》に居るってえんで、何だか目が潰れてしまって、本郷の切通《きりどお》しを下りるにも三|度《ど》とか四|度《たび》とか転んだが、下へ転がり切らなけりゃア、落著《おちつ》いてこれから歩き出すという身の上にゃア往《い》かないてえんで」
美「何うぞ此方《こっち》へお這入りなすって………お初にお目に懸ります、かねてお噂には聞いて居りましたが、さア此方へお這入んなさい………この火をなんして上げな」
ふみ「お初にお目に懸ります、新助はお心安いそうでございますが、私《わたくし》はお目に懸った事も無いに、新助が彼《あ》んな訳に成りましてから、だん/\零落いたして………親子の難儀を三八さんが可愛相と仰しゃって下さって、此方様《こちらさま》まで御無理を願いに上って………お蔭様で親子の命が助かります、誠にお気の毒様で」
庄「お、いゝや御心配しなさんな、三八さん私《わたくし》は何でもお力に成りますから、まア/\心配しなさんな」
 と庄三郎親子ぐるみ引取って世話を為《し》にゃならんが※[#「救/心」、605−9]《なまじい》に云い出してはと庄三郎思案にくれました。お美代は知りませんから此方《こちら》と是から昔物語になりますと云う、ちょっと一と息。

        七

 そこでお美代が火鉢に沢山《たんと》火を取りまして、親子の者を五徳に並べて、たっぷりとした茶碗に茶を入れて出します。有合わしたお菓子を紙に包んで子供にあてがい、
ふみ「おや有難うございます、お構いなすって下さいますな、有難う存じます」
美「おや可愛らしい事ね、女のお子さん、お何歳《いくつ》に成ります」
ふみ「はい七歳《なゝつ》でございます、豐と申します」
美「おゝそう親の無い方《かた》は温順《おとな》しいもんですね、可愛いじゃないか何うも、お少《ちい》さい方《ほう》は」
ふみ「はい男でございまして、三歳《みッつ》で新太郎と申します」
美「そう、温順しい事ね、叔母ちゃん処《とこ》に今夜は最う遅いから泊ってお出でよ、泊っても宜《い》いかい」
豐「あゝお母《っか》ちゃん、あの叔母ちゃんが泊れと仰しゃるから泊るよ、泊っても宜いかえ」
ふみ「いえもう穢《きたな》い姿で……何うかお邪魔に成りませんお台所《だいどこ》の隅にでもお寐《ね》かしなさって、今居ります安泊りのような、あんな穢い処《とこ》に居るものでございますから、只|夜《よ》を明かさしてさえ頂けば……これ、そう戴いて直《すぐ》に食べるものではない、お行儀の悪い……久しくお菓子も買って食べさせる事が出来ませんから……こんな育て様は致しませんが、この頃はがつ/\致しまし
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