せん、何うも腹ア切った後《あと》で、まさかあんな姿をしている処を盗賊《どろぼう》も掛りますまいとは思いますが」
三「そう云えば彼《あ》の時に何ですね、乗ってお帰りなすった車夫《くるまや》ね、何だかぶき/\した奴ね、車夫さん急いでお呉れったら、急げたって人間の歩くだけきゃア歩けやしないって、私ア忌々《いま/\》しくていまだに忘れられねえ、彼奴《あいつ》が何うもなんとも云えませんよ、何うも変な奴だね、実に何うも腹を切るというは妙ですな、それとも預かり物を取られまして、先方に申訳が無いという堅いお気性で」
ふみ「はい、私の良人《つれあい》は元は会津様の藩中でございまして、少しばかりお高を頂いて居りましたから、今では商人に成りましても武士の心は離れません、あゝ済まないと、堅い気性から切羽詰りに相成って」
美「もしあの奧州屋の旦那様は会津様の御家来ですの、会津様の何というお方、重役《おもやく》のお方でございますか」
ふみ「はい、私も委《くわ》しいことは知りませんが、お高も余程頂戴致した様子………松山久馬の次男の久次郎と申す者だとよく私に申しました」
美「あらまア、まア何うも、あら松山さんていの、あらまア一寸三八さん旦那は私の兄《あに》さんだよ、何うもまア」
ふみ「はゝア、あなたはお妹御《いもとご》あらまア」
美「私がね生れると、道楽で御勘当になったという話をお母《っか》さんが死ぬ前に私に申したんですよ、お兄《あにい》さんは家出をしてしまったッて、私が生れて間もない折ですよ、お兄さんに遇《あ》いさいすれば力に成ると思って、私は神信心《かみしんじん》して居たが………道理で、それ私のお父《とっ》さんの書いた短冊が貼って有ったら、家《うち》へ来て」
三「そう/\、そう仰しゃれば思い出した、あの時ぽろりとお泣きなすった……それからあなたの身請の相談、これは本心|放埓《ほうらつ》で、敵《かたき》を討つ所存はねえに極《きわ》まったとも云わないが、請け出しに掛った時は変だと思って居りました」
美「だからね兄《にい》さんは只可愛がりなすったのだよ、それで無くてあんなに可愛がる筈はありゃアしないね、知ってたから」
三「あの何うもその短冊が何うとか云いましたね、親が何うとかして何うとかだって………あれからお上りになって、それで身請と成ったんでしょう、だけれども間夫《まぶ》が有るなら添わして遣ると、何うも由良之助見ていな事をおっしゃったが、その帰りに與市兵衞《よいちべえ》見ていに殺されるていのは何うも分んねえ」
美「殺されたのならば私も何うも残念で耐《たま》りませんよ」
ふみ「私も何うも人手に掛ったと存じますが、もし殺した奴でも分ったら、眼が見えなくとも武士の家《いえ》に生れた女、亭主の仇《あだ》を尋ね探して討ちたい心も有りましたが……あゝ斯様に盲人《めくら》に成りましては」
美「おゝ不思議な御縁でお目に懸りました、私の兄の女房なら私の為にはやっぱり姉《ねえ》さん、兄《あに》さんの敵だって討てない事は有りません、ねえ庄さん、お願《ねがい》ですから若しも敵が知れましたら、藤川さん貴方も以前はお旗下《はたもと》ではありませんか、たとえ女の細腕でも武士の家に生れた私です、一生懸命になりますから、助太刀して、屹度《きっと》知れたら、敵を捜して討たして下さい」
というのを聞いて居りましたおとよが七歳《なゝつ》では有りますが、怜悧《りこう》な子でありますから、
豐「お母《っか》ちゃん、お父《とっ》ちゃんを殺した奴が有れば、豐ちゃんも敵を討ちます、この叔父ちゃんに手伝って頂いて、ね叔父ちゃん手伝って敵を討たして下さいよ」
ふみ「あい/\よくお云いだ/\、死んだお父さんが草葉の蔭で聞いたらさぞお喜びなさるだろう………親孝行の事を云っておくれだ」
三「へい感心々々感心」
ふみ「只今の世の中では敵を討つことの出来ない世の中とは予《かね》て聞いては居りますが私は昔風で、何うか敵を討ちとうございます、もし敵が知れたらば私さえ殺されゝば宜しゅうございましょうから、何うぞ敵を討たして下さいまし」
三「まア/\感心だ、実に年は往《ゆ》かないが、是は矢張《やはり》松山さんのお胤《たね》だけ有って、私ア聞いて居てぽろりと来ました、いやこれは誰でもポロときますよ、私はね芝居でも世話場でちょっと此様《こん》な子役の出る芝居へ往って見物していると、子役が出て母様《かゝさま》というと、まだ何だか解らない中《うち》にぽろ/\と直ぐお出でなさる、誠に何うも恐れ入りました」
庄「三八さん、此の親子の衆は私《わし》が引取って又敵を討たせる時も有ろうし、何《なん》にしても親切にしておくれで、今夜は雪が降るからお泊め申すから、安心して置いて帰って下さい」
三「有難う、だから此方《こちら》に参ると申したんです、有
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