《あんい》致した……人が来やしないか」
徳「いや田圃の中で此の大雨、来る人はございやせん」
庄「向うに見える灯火《あかり》は」
徳「ありゃおまはん藪蕎麦だよ」
庄「おゝあれが藪蕎麦か……向うに見えるは」
 と徳藏に向うへ眼を付けさせて、見ると懐から抜出した合口を把《と》って、力にまかせぶつうりと突いたからばたりと前にのめりました。この騒ぎを少しも知らないのはお美代です。婢《おんな》は元数寄屋町の有松屋に奉公していたのを、お美代が旦那を持ってから自分の手許《てもと》に呼んで、昔話をするのを楽《たのし》みに致して居ります。
美「今帰ったよ」
婢「おやお帰んなさい」
美「お前後生だから折《おり》が二つあるから、お皿を三つばかり持って来て……くッついていけないから……それは栗の金団《きんとん》だよ、お前は甘い物が嗜《す》きだから是を上げるよ」
婢「これは私は最う何より旨いと思って居りますよ、それとね姐《ねえ》さんお座敷の時のねえ、あれは何でしたっけね、あの斯うしてそら斯うして丸くって、それ付合《つけあわ》せのお肴でございますよ」
美「おゝそう/\、むつの子がお前は嗜きだったね、お前に持って来たんだからお食《あが》りよ」
婢「ほんとにねえ、あの有松屋の婆さんのように吝《しわ》い人は有りませんわ、何でも食《たべ》ろという事が有りません、だからねお芋や何か買っても、あなたも知って入らっしゃるけれども、ほんとに何ですのほゝゝゝあなたなんぞは稼人《かせぎにん》ですからだが、私なんかには焼芋を買っても、一番冷たくなったお尻の方で無くてはいけませんの、あれでお金を溜めたってね、本当にまア悪く云っちゃア済まないが、本当にいまだに覚えて居りますよ」
美「そう/\あの時分にお前お砂糖を盗んで甜《なめ》ていた処を見附かった事があったね」
婢「そう/\、あゝ知れませんよ、時々|匕《さじ》で出して甜めました事がありましてね、一遍知れたよ、私が口の端《はた》に附着《くッつ》いていて、少しの間板の間に坐らせられた事が有りましたよ………大層結構な、これは福寿庵の、大層お上手ですこと」
美「あの旦那が元御用達で、旨い物は食べつけて居て、それでお内儀さんが元芸者で苦労して、方々の料理茶屋の物を食べて居るから、何うしてもなんだね調理《こしらえ》は上手だよ」
婢「そうして旦那様は何処《どっか》へ………」
美「あゝ
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