ちき》が何も奧州屋さんと交情《わけ》でも有りはしまいし、あの旦那だって私を色恋で何う斯うという訳ではなし、何かお父《とっ》さんと歌のことで仲好くして、世話にも成った事があるから、身請をして遣ろうと云った時に、お婆さんが彼《あ》んな事を云ったもんだから、お前さんも訝《おか》しく思いなさるんだが、私《わたし》ゃ本当に奧州屋さんばかりは何にもいやらしいことは無いの」
庄「いやさ、いやらしい事が有る無しじゃアない、たとえ何もなくても一度でも呼ばれたお客が死んだと云えば、その命日には線香の一本ぐらい上げるのは、たとえ芸者でも其処《そこ》が人情じゃアないか、今日は両人《ふたり》で彼《あ》の人のお寺詣りをして遣ろうじゃアないか、広徳寺《こうとくじ》へ往って」
美「広徳寺というのは彼の人のお寺、あんた能《よ》く御存じで、何うして知って居るの」
庄「なゝなに此の間|他《わき》で聞いたのだ、一寸志だから」
美「厭《いや》だアね、人…たった五六|度《たび》呼ばれたお客の死んだ度《たんび》にお寺詣りするくらいなら、毎日お墓詣りをして居なければなりやアしない詰らないじゃアないか、お止しなさいな」
庄「お前《めえ》のお母さんのお墓参りをして、帰りに上野の彰義隊《しょうぎたい》のお墓参りをして、それから奧州屋さんのお墓参りに、遊びながら彼方《あっち》の方へぶら/\と一緒に往《い》きな、菊時分だから人が出るよ」
美「まだ大変菊には早いじゃアないか」
庄「今日は紋付だよ」
美「いやだよウ一寸何だねえ」
庄「そうでないて事よ、往《い》きなよ、お前《めえ》もお母様《っかさん》のお墓参りに往くのなら、紋付の着物であらたまって、香花を手向るのが当前《あたりまえ》じゃねえか」
 と無理に紋付にさせるのも庄三郎心有っての事です。此方《こちら》のお美代はそんな事は知りませんが、亭主の云う事|故《ゆえ》仕方なく紋付を着て。此の節は滅多に着ることが有りません、久しぶりで紋付を着て上等帯を締め、大きな丸髷になでつけまして、華美《はで》な若粧《わかづくり》、何うしても葉茶屋のお内儀《かみ》さんにいたしては少し華美な拵《こしら》え、それに垢抜けて居るから一寸表へ出ても目立ちます。これよりぶら/\遊歩を致して母の墓参りをして、上野を抜けて広小路《ひろこうじ》へ参り、万円山《まんえんざん》広徳寺に来て奧州屋新助のお墓へ香花を手
前へ 次へ
全57ページ中34ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング