、何だい」
男「何だって人間だい」
福「冗談云うねえ、今店を明けたばかりの処で其処へ突立《つッた》って邪魔して居ちゃアいかん、何だア銭貰い」
男「失敬極まる事をいうな……これ銭貰いとは何だ……さ当家の家内に逢いたいんだから是れへ呼んでくんな……おふみを是れへ呼べ」
福「何うもこれは何だろう……お前は一体|何処《どこ》のものだい」
男「何処も何もあるものか、人力車夫の徳藏《とくぞう》という者だと云やア解るから呼んでくれ」
福「呆れて物が云われない、何だって車夫《くるまや》が此処に来てお内儀《かみ》さんに逢いたいてえのは何ういうわけだ……何ういう縁故をもって云うのだ」
徳「縁故の無い処に云うものか、当家のふみと血を分けたお兄《あにい》さまで大西徳藏[#「徳藏」は底本では「徳造」]という者だと云やア分る」
福「はゝあ是れが兄貴のわんちゃん[#「わんちゃん」に傍点]者だ」
 と番頭も分りましたから、
福「今お内儀さんはお加減が悪くて寝《やす》んで居ります………誠にお生憎様《あいにくさま》で」
徳「なにお生憎様てえ事が有るものか、塩梅が悪きゃア奥へ通って逢おう、盥《たらい》へ水を汲んでくれ、足を洗うから」
福「困りますナ何うも、今何うも店の処じゃア困りますからよ、暫くお待ちなすって」
徳「待たなくてよ、逢いに来たんでい」
 というに仕方が無いから、番頭は奥に往《ゆ》きますると、乳児《ちのみご》に乳を含ませて、片手で其処此処片付けて居りました。
福「申しお内儀さんえ」
ふみ「はい」
福「あなたのお兄《あに》いさんで徳藏様が」
ふみ「あゝ又来たかい」
福「へいぼろ/\したお装《なり》で………あなたの前で申上げては済みませんが、実にひどいお服装《みなり》、御酒《ごしゅ》の上の悪いてえことを聞いて居りますが、私《わたくし》は存じませんから、何だかと思って、銭貰いならアノ店を明けたばかりだから、其処へ立っちゃアいけないと云ったら、あべこべに剣突《けんつく》を食《く》って、兄上が妹《いもと》に逢うのだと申しますが、御様子が悪いから……」
富「あの店に置いちゃア困るから、台所で逢うから此方《こっち》へ呼んでおくれ」
福「へい……貴方さまお内儀さんがお目にかゝりますが、足を洗うのも始末が悪うございますから、裏からお這入りなすって……直《すぐ》に其の蝋燭屋の裏をお這入りなさると井戸の前の処が入
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