が逆《さか》らつたものだから、詰《つま》らん事を申《まう》して気の毒に心得《こゝろえ》、出牢《しゆつらう》をさした、其方《そのはう》が入牢中《じゆらうちう》に一|詩《し》作つたから見て呉《く》れ。シ「はゝツ。シロクシナス番兵《ばんぺい》を見返《みかへ》りまして、王《わう》の詩を手に取り上げ、シ「御急作《ごきふさく》でございますか。王「左様《さやう》ぢや。シ「へーツ。と見て居《ゐ》る内《うち》に、渋《しぶ》い苦《にが》いやうな顔をして、シ「番兵殿《ばんぺいどの》、手前《てまへ》をもう一|度《ど》牢《らう》へお連《つ》れ戻《もど》しを願ひます。―余程《よほど》不作《ふさく》と見えまする。夫《それ》に似《に》たお話がございます。
 是《これ》は日本《にほん》の事で、或旅僧《あるたびそう》が峠《たうげ》を越《こ》えて来《き》ますと、寒風《かんぷう》が烈《はげ》しくフーフーツ吹捲《ふくまく》りますので堪《たま》り兼《か》ねて杉酒屋《すぎさかや》といつて、軒《のき》の下《した》に杉を丸く作つて、出してありまする居酒屋《ゐざかや》へ飛込《とびこ》んで、僧「御亭主《ごていしゆ》や。亭「はい、お掛《か》けなさいまし。僧「余《あま》り寒いから一|杯《ぱい》附《つ》けてお呉《く》れ。亭「エ畏《かし》こまりました、此方《こつち》へお掛《か》けなさいまし。僧「一寸《ちよつと》小便《こよう》に行《ゆ》きたいが、何処《どこ》か用《よう》を足《た》す処《ところ》はあるまいか。亭「裏《うら》の畑《はたけ》に担桶《たご》が並《なら》んで居《ゐ》ますから、夫《それ》へなさいまし。僧「さうかい、……おゝ寒い。裏《うら》の田圃《たんぼ》へ出て見ると奥《おく》の方《はう》の物置きの中に素裸体《すつぱだか》で年《とし》の頃《ころ》三十二三になる男《をとこ》が棒縛《ぼうしば》りになつて居《ゐ》るのを見て、和尚《をしやう》は驚《おど》ろき、中《なか》へ飛込《とびこ》んで来《き》て、僧「御亭主《ごていしゆ》/\。亭「ヘエ/\。僧「アノ何《なに》か素裸体《すつぱだか》で物置きの中に棒縛《ぼうしば》りになつて居《ゐ》るものがあるが、あれは何《なん》だね。亭「あれは何《なん》で、旅人《たびびと》でございます。僧「何《なに》を悪い事をしたのだえ。亭「エヽ悪い事をしたのではございませんがね、私《わたし》の家《うち》へ来《き》て、酒《さけ》を一|杯《ぱい》出《だ》せといふゆゑ、一|合《がふ》附《つ》けて出《だ》しますると、湯呑《ゆのみ》で半分も飲《の》まない内《うち》に、渋《しぶ》い面《つら》をして、是《これ》までに斯《こ》んな渋《しぶ》い酒《さけ》は飲《の》んだ事がないといひましたから、夫《それ》を又《また》他《わき》へ行《い》つて云《い》はれるとね、私《わたし》の処《ところ》の商売《しやうばい》に障《さは》るから、他《わき》へやらねえやうに棒縛《ぼうしば》りにしたんでございます。僧「是《これ》は怪《け》しからん事をするものだな、どうか勘忍《かんにん》してやつて呉《く》れまいか。亭「いや勘忍《かんにん》出来《でき》ません、彼《あ》れを助《たす》けると外《ほか》へ行《い》つて喋舌《しやべ》るからいけません……お燗《かん》が附《つ》きましたよ。僧「ハイ/\是《これ》が猪口《ちよく》かい、大分《だいぶ》大きな物だね、アヽ宜《い》い工合《ぐあひ》についたね。グーツと一|口《くち》飲《の》むか飲《の》まん内《うち》に旅僧《たびそう》が渋《しぶ》い顔して、僧「アツ……御亭主《ごていしゆ》、序《ついで》に愚僧《ぐそう》も縛《しば》つてお呉《く》れ。



底本:「明治の文学 第3巻 三遊亭円朝」筑摩書房
   2001(平成13)年8月25日初版第1刷発行
底本の親本:「定本 円朝全集 巻の13」世界文庫
   1964(昭和39)年6月発行
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2009年6月19日作成
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