\仕事の横取はさせねえと、己《おの》が心にくらべて、
 勘「この阿魔|太《ふて》えあまだ、大金を出して抱えて来たものを途中から逃げさせてお堪《たま》り小法師《こぼし》があるものか、オイ爺《とっ》さん、此奴《こいつ》のいう事ア皆《みん》な嘘だ、お前《めえ》を詐《だま》すんだぜ、ハヽヽヽヽ」
 と己《おの》が非を飾ってお若を連れ行《ゆ》こうとするので、田舎爺は呆れましたが、男のこえが耳なれておりますから提灯をさしつけ、顔をのぞいて見ると聞覚えのある声こそ道理で、老爺が一人息子の碌でなし、到頭|村内《むらうち》にもいられず今は音信《いんしん》不通になっている勘太でげす。田舎爺は老《おい》の一徹にカッと怒り、
 爺「わりゃア勘太だな、まだ身持が直らず他人様《ひとさま》に御迷惑をかけアがるか、お女中さん何も怖《おっか》ねえことアごぜいましねえ、この悪たれは私《わし》が餓鬼」
 といううちに早や言葉が潤《うる》んで参ります。親子の情としては然《さ》もあるべきことでございましょう、我子が斯様《こんな》碌でもないことを致し、他人《ひと》を悩めると思いましたら堪りますまい。
 爺「さア、これからは己《おれ》が相手になる、この甚兵衞《じんべえ》が相手じゃ」
 と敦圉《いきま》きまするので、流石の勘太も親という一字には閉口致しましたか、這々《ほう/\》の体《てい》で逃げて仕舞います。そこで甚兵衞爺さんお若さんを我家へ連れて戻り、婆アどんにも一伍一什《いちぶしじゅう》を斯々《かく/\》と語り、今夜は遅いからまアお休みなさい、明日《あす》にもなれば伊之助を尋ねて参りますからと親切にいたしてくれまする。さて、伊之助でございますが、品川の火事騒ぎでお若にはぐれ、いろ/\と尋ねましたが薩張り知れない。そのうち最終列車はシューコト/\と出て仕舞い、只だ心配に心配をしぬいている。翌朝《よくあさ》になって再び停車場《ステーション》に参り探しましたが知れないので、駅夫などに聞合《きゝあわ》すと、昨夜の仕舞い列車に乗りこんだらしいので、自分も兎に角神奈川へ参って探そうと汽車に乗り、停車場に着いて聞合して見れど、何をいうにも夜更《よふけ》のことで雲を捉《つか》むような探しもの、是非なく甚兵衞の家《うち》へ尋ねて参り、お若さんと再会の条《くだり》に相成るのでございまする。

        六

 伊之助の神奈川|停車場《ステーション》へ着きましたは、お若さんが此処《こゝ》にまいって甚兵衞爺さんに助けられた翌朝《よくあさ》のことでございますから、なか/\お若の行方を探ることが出来ない、左様《そう》かと申して再び東京へ帰りましたところで、これとても何う探したら分ろうという目的《めあて》が付きませんので、あゝ困ったな、己もこまるがお若さんは嘸《さぞ》難儀をしていなさるだろう、あゝいう方だから一人歩きしたこともないに、方角も知れぬ土地に来てどんなに困るか知れたもんじゃアないから、それにしても不思議だ、何うしてまア神奈川まで一人来なすったろうか知らん、大方己が前の汽車で来ていると思いこんでゞあろうが、あゝ困るな、可愛そうでならないことをした、こんな事なら品川まで出掛けずに、新橋から一緒に乗るだッたにと、いろ/\と悔んでおりましたが、今更|何《なん》といっても仕方がない、一旦甚兵衞爺さんのとこへ落著《おちつ》いて探したら分らぬこともあるまい、お若さんの方でも屹度《きっと》いろ/\に探していなさるに違いないから、と伊之助はよう/\決心いたしましたから、久々で甚兵衞のとこへ尋ねてまいる。村の入口には眼になれた田舎酒屋の看板と申すも訝《おか》しいが、兎に角酒屋の目印となっておりまする杉の葉を丸く束ねたのが出ています。皆様がお名前だけはお馴染になっていらッしゃると申しますと、私《わたくし》どもは近接《じき/\》にお馴染かと仰ゃる方もございましょうが、明治の御代に生きているものがなか/\思いもよらぬことで、今を距《さ》ること四百十八年も前で後土御門《ごつちみかど》帝の御代しろしめすころ、足利七代の将軍|義尚《よしひさ》の時まで世を茶にしてお在《いで》なされた一休が、杉葉たてたる又六《またろく》の門《かど》と仰せられたも酒屋で、杉の葉を丸めて出してある看板だそうにございます。そうして見ると此の目印は余ほど古くからあるものと見えまする。さて序《ついで》でございますから一寸《ちょっと》申しておきますが、一休様は応永《おうえい》元年のお生れで、文明《ぶんめい》十三年の御入寂《ごにゅうじゃく》でいらせられますから、浮世にお在遊ばしたことは丁度八十八年で、これほど悟りをお開きなされたお方は先ずない。仮令《たとえ》ございましたとて俗人が存じておりますは、此の坊さん程お近附《ちかづき》はありませんでげす。そ
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