寝こかしに仕やアがって、行きやアがったんだろう、枕許へ来てお寝《やす》みなせえとか何《なん》とか云やアがって」
 伊「ウフヽヽ寝こかしにも何《なに》にも極りを云って居らっしゃる、昨夜《ゆうべ》は些《ちっ》とも寝やアしないじゃありませんか、あなたが皺枯声《しわがれごえ》で一中節を唸《うな》って、衣洗《きぬあらい》から、童子対面までやった時には、皆《みんな》が欠伸《あくび》をしましたよ、本当に可愛《かあい》そうに、酷《ひど》いじゃアありませぬか」
 勝「ウム成程、寝ねえナ」
 伊「それから夜が明けると朝湯に這入って腕車《くるま》で宅《たく》へ帰る間もなくお前さんが来たんですよ」
 勝「成程、何を云やアがるんだ、あん畜生《ちきしょう》、ま師匠、堪忍して呉んな、己《おら》ア一寸《ちょっと》行って来《く》らア」
 又慌てゝやって来た。
 勝「ヘイ先生行って来ました」
 主人「何うした」
 勝「何うにも斯うにも、何うあっても昨夜《ゆうべ》は来《こ》ねえてんです、彼奴《あいつ》も私《わっし》も昨夜は些《ちっ》とも寝ねえんですもの、ガラリ夜が明ける、家《うち》へ帰《けえ》るとお人だから、直《すぐ》に来やしたんで」
 主人「エー、徹夜をした、ウヽム、私《わし》も老眼ゆえ見損いと云うこともあり、又世間には肖《に》た者もないと限らねえ、見違いかも知れぬから、今夜貴様私の許《とこ》へ泊って、若に内証《ないしょ》で、様子を見て呉れぬか」
 勝「じゃアそう為《し》ましょう」
 と其の夜は根岸の家《うち》へ泊込み、酒肴《さけさかな》で御馳走になり大酩酊《おおめいてい》をいたして褥《とこ》に就くが早いかグウクウと高鼾《たかいびき》で寝込んで了《しま》いました。夜《よ》は深々《しん/\》と更渡《ふけわた》り、八ツの鐘がボーンと響く途端に、主人《あるじ》が勝五郎を揺起《ゆりおこ》しました。
 主人「オイ、勝五郎/\」
 勝「ヘイ、ハアー、ヘイ/\、アー、お早う」
 主人「まだ夜半《よなか》だヨ、サ此方《こっち》へ来なさい」
 と廊下づたいに参り、襖《ふすま》の建附《たてつけ》へ小柄《こづか》を入れて、ギュッと逆に捻《ねじ》ると、建具屋さんが上手であったものと見えて、すうと開《あ》いた。
 主人「サあれだ」
 勝「ヘイ」
 と睡《ねむ》い目をこすりながら勝五郎は覗いて見ますと、火鉢を中に差向に坐って居るは伊之助に相違ないから、
 勝「アヽ何うも誠に済みませぬ、慥《たしか》に伊之の野郎に違《ちげ》えごぜえませぬ」
 主人「それ見ろ、然《しか》るに何《なん》で昨夜《ゆうべ》は来る筈がないと申した」
 勝「イエ、昨夜は何うしても来る訳がごぜえませんので」
 主人「今夜のは確《たしか》に伊之助に相違ないナ」
 勝「ヘイ、伊之の野郎で」
 主人「それが間違うと大事《おおごと》になるぞよ」
 勝「イエ、何様《どん》な事があっても、よ宜しゅうごぜえます」
 主人「ウム宜《よ》し」
 ソッと抜足《ぬきあし》をして自分の居間へ戻り、六連発銃を持来《もちきた》り、襖の間から斯《こ》う狙いを附けたから勝五郎は恟《びっく》りして、
 勝「まゝ先生乱暴な事をなすっちゃアいけませぬ、伊之の野郎は打殺《ぶちころ》しても構やアしませぬが、もしもお嬢さんにお怪我でもありましては済みませぬから」
 主人「イヽヤ気遣いない」
 伯父の高根《たかね》の晋齋《しんさい》は、片手に六連発銃を持ち襖の間から狙いを定め、カチリと弾金《ひきがね》を引く途端、ドーンと弾丸《たま》がはじき出る、キャー、ウーンと娘は気絶をした様子。
 晋「ソレ若が気絶をした、早く/\」
 此の物音に駭《おどろ》いて、門弟衆がドヤ/\と来《きた》り、
 ○「先生何事でござります、狼藉者でも乱入致しましたか」
 晋「コレ/\静《しずか》にいたせ/\、兎も角早う若を次の間へ連れて行《ゆ》き、介抱いたして遣《つか》わせ」
 是から灯火《あかり》を点けて見ると恟《びっく》りしました。其処《そこ》に倒れて居たのは幾百年と星霜を経ましたる古狸であった。お若が伊之助を恋しい恋しいと慕うて居た情《じょう》を悟り、古狸が伊之助の姿に化けお若を誑《たぶら》かしたものと見えまする。併《しか》し斯《か》ような事が世間へ知れてはならぬとあって、庭の小高い処へ狸の死骸を埋《うず》めて了《しま》ったという。さりながら娘お若が懐妊して居る様子であるから、
 晋「アヽとんだ事になった、畜生の胤《たね》を宿すなんテ」
 と心配をして居るうちに、十月《とつき》経っても産気附かず、十二ヶ月《つき》目に生れましたのが、珠《たま》のような男の児《こ》、続いて後《あと》から女の児が生れました。其の後《のち》悪因縁の※[#「※」は「「夕」+「寅」を上下に組み合わせる」、第4水準2−5
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