/\」
 左右から突《つッ》ついたりなにかいたします。左様《そう》されるとされるほど嬉しいもので、つッと起《た》ちまして裲襠《しかけ》の褄《つま》をとるところを、後《うしろ》から臀《いしき》をたゝきます。
 花「あら酷《ひど》いことよ、宵店からお尻をたゝいてさ」
 と持ったる煙管を振り上げます。と元よりたゝかぬとは知っていますが仕打は大仰《おおぎょう》なもので、
 娼「アヽあやまった/\、親切にお咀咒《まじない》をしてあげて怒られちゃア堪らないねえ、今夜は外にお客がなく伊之さんとねえ」
 花「御親切さま、そんなのじゃありませんよ」
 娼「うそばかり吐《つ》いてるよ、毎日|惚《のろ》けているくせに今夜に限ってさ」
 花「そんなことア情人《いろ》のうちさ、女房《にょうぼ》となれば面白くなくってよ、心配でならないわ、ホヽヽヽ」
 娼「おや、花里さんにも呆れッちまアねえ、素惚気《すのろけ》じゃア堪弁《かんべん》が出来ぬからね」
 花「ハアいゝとも、何《なん》でも御馳走するわ」
 と双方とも丸でからッきし夢中で居りますると、茲《こゝ》に一つの難儀がおこります条《くだり》は一寸《ちょっ》と一服いたして申し上げましょう。

        七

 えゝー段々と進んでまいりました離魂病のお噺《はなし》で、当席にうかゞいまする処は花里が勤めの身をもって情人伊之吉に情を立てるという条《くだり》。日毎《ひごと》夜毎《よごと》に代る枕に仇浪は寄せますが、さて心の底まで許すお客は余《あん》まりないものだそうでござります。無粋《ぶすい》な私《わたくし》どもには些《ちっ》とも分りませんが、或《ある》大通《だいつう》のお客様から伺ったところでは浮気稼業をいたして居《お》る者は却《かえ》って浮気でないと仰しゃいます。成程惚れたの腫れたのといやらしき真似をいたすのが商売でげすから、余所目《よそめ》には大層もない浮気ものらしく見えましても、これが日々《にち/\》の勤めとなっては大口きいてパッ/\と致すも稼業に馴れると申すものでござりましょう。其の代り心底《しんそこ》からこの人と見込んで惚れて仕舞うと、なか/\情合は深い、素人衆の一寸《ちょい》ぼれして水でも指《さゝ》れると移り気《ぎ》がするのと訳がちがうそうで、恋の真実《まこと》は苦労人にあるとか申してございますのも其処等《そこら》を研究したものでありましょうか。花里花魁は何うした縁でございますか、あの明烏《あけがらす》の文句の通り彼《か》の人に逢うた初手から可愛さが身にしみ/″\と惚れぬいて解けて悔しき鬢《びん》の髪などと、申すような逆上《のぼ》せ方でげす。伊之吉とて同じ思いで三日にあげず通っている。すると茲《こゝ》に一つの難儀が持ちあがりました。と申すは花里を身請しようというお客が付いたんで、全体なら喜んで二つ返事をする筈であるが、そこが何うもそうすることが出来ない。伊之吉という可愛い情人《おとこ》があって、写真まで取かわせてある、その写真は延喜棚《えんぎだな》にかざって顔を見ていぬときは、何事をおいても時分時になると屹度《きっと》蔭膳《かげぜん》をすえ、自分の商売繁昌よりは情人の無事|息才《そくさい》で災難をのがれますようにと祈っているほどで、泥水から足をあらって素人になるを些《ちっ》とも嬉しく思いません。身請ばなしが始まりましてから花里は欝《ふさ》ぎ切って元気がない、只だ伊之吉が来ると何かひそ/\話をするばかり、それも廊下の跫音《あしおと》にも気をおいて居ます。その身請|為《し》ようという客は、欧米を航海して無事に此のごろ帰朝されました、軍艦|芳野《よしの》の乗組員で少しは巾のきくお方、お名前は判然と申し上げるも憚《はゞか》りますから、仮に海上渡《うながみわたる》と申しあげて置きます、此のお方がまだ芳野へお乗《のり》こみにならぬ前、磐城《いわき》と申す軍艦にお在《いで》あそばし品川に碇泊《ていはく》なされまする折、和国楼で一夜の愉快を尽《つく》されましたときに出たのが花里で、品川では軍艦《ふね》の方が大のお花客《とくい》でげすから、花里もその頃はまだ出たてゞはございますし、人々から注意をうけて疎《おろそ》かならぬ※[#「※」は「「疑」のへんの部分+欠」、第3水準1−86−31、505−10]待《もてなし》をいたしたので、海上も始終《しょっちゅう》通って居《お》られましたが、その後《ご》芳野へお移りになって外国航海と相成りしに後髪《うしろがみ》をひかれる気はいたすものゝ、堂々たる軍人にして一婦人《いっぷじん》の為に肘《ひじ》をひかるゝは同僚の手前も面目なしとあって、綺麗に別盃《べっぱい》をお汲みなされ、後朝《きぬ/″\》のおわかれに、
 海「それでは僕は今日四時には出帆《しゅっぱん》して洋航するからね、お前も
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