人で此の辺《あたり》にいなさるは読めねえ訳と、ジッと目を止めて視《み》れば其の様子のおかしいので、悪党だけに早くも駈落と覚《さと》りましたから、しめた/\、うまく欺《だま》しこんで連れこみせえすりゃア、否応《いやおう》いわさず靡《なび》かせる工夫はあるぞ、今夜は弁天様から女福《にょふく》を授けられているそうだ、今の騒ぎで無銭《たゞ》遊びをした上、茫然《ぼんやり》帰《けえ》ろうとすると此様《こんな》上首尾、と喜びまして種々《いろ/\》お若さんに取入ろうとするが受付けません。この上は脅して連れて行《ゆ》くに如《し》かずと頷《うなず》き、伯父さんの晋齋を笠に着て引立てようとはいたすものゝ、何《なん》ぼ悪者でも己《おのれ》の惚れている婦人を手荒く扱いかねますので、流石《さすが》に手を取って引張ることもしない、顔は知っているが名も知らない気味の悪い男が附纒《つきまつわ》りますので、お若さんは心配でならない。何うにかして巻いて仕舞おうといろ/\に遣って見まするが、何うも自由《まゝ》にならぬうちに、新橋発の汽車は品川へ着き、ぞろ/\と下車するもの乗車するものでごた/\している。こんなときに撒《ま》かないととても紛れることは出来ぬと、態《わざ》とごた/\致す人中を選《よ》って漸《ようよ》う汽車に乗りこみます。やがてピーと響く汽笛が深夜でげすから物凄いように鳴渡り、ゴット/\という音が仕出して動き出しましたから、まア宜かった、まさか神奈川まで尾《つ》いては来《こ》まいと、胸なでおろしますものゝ、若《も》しやと思って室内を伺います。気味の悪い男の影は見えないから、此処《こゝ》に一安心《ひとあんしん》は致しましたが、そうなると直ぐ心配になって参るは神奈川へ着いてから何うしたら宜かろうか、好《いゝ》塩梅に伊之さんが待ってゝくれゝば可《よ》いが、若しも居なかったら何うしよう、宿屋へ泊るにしても一人、それに女らしく髪でも結っていることか、手拭をとったらいが栗坊主、さぞ訝《おか》しく思うだろう、こんなことゝ知ったら鬘《かづら》でも買ってかぶったものを、まアこれでは仕様がない。と流石《さすが》に一人歩きしたことのないお若が思いに沈んで心細く、ほろり/\と遣って居りましたが、汽車は間もなく神奈川へ着きましたので、恟《びっく》りして下車いたしたが、心当にして来た伊之助の姿は認めることが出来ません。停車
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