嬢さんが、斯う持った……圓朝《わたくし》が此様《こん》な手附をすると、宿無《やどなし》が虱《しらみ》でも取るようで可笑《おかし》いが、お嬢さんは吻《ほっ》と溜息をつき、
娘「アヽ……、何うして伊之《いの》さんは音信《たより》をしてくれぬことか、それにつけてお母様《っかさま》もあんまりな、お雛様を送って下すったのは嬉しいが、私を斯ういう窮屈な家《うち》へ預け、もう生涯|彼《あ》の人に逢えぬことか、あゝ情《なさけ》ない、何うかして今一度逢いたいもの……」
と恨めしげに涙ぐんで、斯う庭の面《おも》を見詰《みつめ》ますと、生垣の外に頬被《ほゝかぶり》をした男が佇《たゝず》んで居《お》る様子、能々《よく/\》透かして見ますると、飽かぬ別れをいたしたる恋人、伊之助《いのすけ》さんではないかと思ったから、高褄《たかづま》をとって庭下駄を履き、飛石伝いに段々|来《きた》って見ると、擬《まご》うかたなき伊之助でござりますから、
娘「おゝ伊之さん能くまア……」
と無理に手を把《と》って、庭内へ引込んだ。余《あんま》り慌てたものだから少し膝頭を摺毀《すりこわ》した。
娘「まア/\此方《こっち》へ」
手を把っておのれの居間へ引入れましたが、余《あんま》り嬉しいので何も言うことが出来ませぬ。伊之助の膝へ手を突いてホロリと泣いたのは真の涙で、去年《こぞ》別れ今年逢う身の嬉しさに先立つものはなみだなりけり。是よりいたして雨の降る夜《よ》も風の夜も、首尾を合図にお若《わか》の計らい、通える数も積りつゝ、今は互《たがい》に棄てかねて、其の情《なか》漆《うるし》膠《にかわ》の如くなり。良しや清水に居《お》るとても、離れまじとの誓いごとは、反故《ほご》にはせまじと現《うつゝ》を抜かして通わせました。伊勢の海|阿漕《あこぎ》ヶ浦に引く網もたび重なればあらわれにけりで、何時《いつ》しか伯父様が気附いた。
伯父「ハテナ、何うしたのだろう、若は脹満《ちょうまん》か知ら」
世間を知らぬ老人は是だからいけませぬ。もうお胤《たね》が留《とま》っては隠すことは出来ない。彼《あれ》は内から膨れて漸々《だん/\》前の方へ糶出《せりだ》して来るから仕様がない。何うも変だ、様子が訝《おか》しいと注意をいたして居ました。すると其の夜《よ》八《や》ツの鐘が鳴るを合図に、トン/\トンと雨戸を叩くものがある。お若は嬉し
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