−29、436−8]《まつ》わる処か、同胞《きょうだい》にて夫婦になるという、根岸の因果塚のお物語でござりまする。

        二

 何事も究理のつんで居ります明治の今日、離魂病《りこんびょう》なんかてえ病気があるもんか、篦棒《べらぼう》くせえこたア言わねえもんだ、大方支那の小説でも拾読《ひろいよみ》しアがッて、高慢らしい顔しアがるんだろう、と仰しゃるお客様もありましょうが、中々もって左様《そう》いうわけではございません。早い譬《たと》えが幽霊でございます、私《わたくし》などが考えましても何うしても有るべき道理がないと存じます。先《ま》ず当今のところでは誰方《どなた》でも之には御賛成遊ばすだろうと存じますが、扨《さ》てこゝでございます、お客様方も御承知で居らせられる幽霊|博士《はかせ》……では恐れ入りまするが、あの井上圓了《いのうええんりょう》先生でございます。この先生の仰しゃるには幽霊というものは必ず無い物でない、世の中には理外に理のあるもので、それを研究するのが哲学の蘊奥《うんおう》だとやら申されますそうでございます、そうして見ると離魂病と申し人間の身体が二個《ふたつ》になって、そして別々に思い/\の事が出来るというような不思議な病気も一概にないとは申されません、斯《こ》ういう誠に便利な病気には私《わたくし》どもは是非一度|罹《かゝ》りとうございます、まア考えて御覧遊ばせ、一人の私が遊んで居りまして、もう一人の私がせッせと稼いで居りますれば、まア米櫃《こめびつ》の心配はないようなもので、誠に結構な訳なんですが、何うも左様《そう》は問屋《といや》で卸してはくれず致し方がございません。
 さてお若でございますが、恋こがれている伊之助が尋ねて来たので、伯父晋齋の目を掠《かす》め危うい逢瀬に密会を遂げ、懐妊までした男は真実《まこと》の伊之助でなく、見るも怖しき狸でありましたから、身の淫奔《いたずら》を悔いて唯々《たゞ/\》歎《なげ》きに月日を送り、十二ヶ月目で産みおとしたは世間でいう畜生腹。男と女の双児《ふたご》でございますので、いよ/\其の身の因果と諦め、浮世のことはプッヽリ思い切って仕舞いました。伯父もお若の様子を見て可愛そうでなりませんが、何うも仕様がないので困り切って居ります。何《なん》ぼ狸の胤だからッて人間に生れて来た二人に名を付けずにも置かれぬから、
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