》もこれをきゝますと呆れるばかりで物がいわれません。やがて伊之助も岩次も出てまいり、親子兄弟不思議な邂逅《めぐりあ》いにたゞ/\奇異のおもいでござります。晋齋老人は花里のお米が身に付く借金を和国楼へ償却いたすことに相成り、この一埓《いちらつ》はつきました。さて伊之吉とお米でげすが双児|兄妹《きょうだい》ときゝては、お互いに身を恥じ何うも添遂げることが出来ません。そこが因果で別れることも出来ないところから、この両人《ふたり》はその夜《よ》のうち窃《ひそか》に根岸を脱出《ぬけだ》し、綾瀬川へ身を投げて心中した。死骸が翌朝《よくあさ》千住大橋際へ漂着いたしました。
 こゝに又二人のお若さんでげすが、何うも解らずに其の晩はお休みになった晋齋老人、いろ/\お考えになるとフイと思いあたられましたは離魂病という病で、この病は人間の身体が分身するもので、わかれている間は双方ともに何事もなく生きておれど、その分身した身体が一つ所に集《あつま》るときは二十四|時《とき》のうちに一方の身体は消えてしまい、一方の身体はそのまゝ死ぬものと古い本などに書いてあることを思い出され、いよ/\おどろいてお在《い》でなさると、果して伊之助と一緒に来たお若さんの身体が二十四時たつと見えなくなって、間もなく病人のお若さんの息が絶えました。伊之助も恟りいたして騒ぐをいろ/\お諭《さと》しなされましたが、これも因果と諦らめ、遂にその夜のうちに首をくゝって相果てました。わずか二日のうちに二《ふた》夫婦と影法師のお若さんが亡《なく》なり、晋齋老人の家《うち》は大さわぎでげす。これも因縁だ因果だと思召すから、それ/″\葬りのこと懇《ねんご》ろになされました。四人の死骸《なきがら》は谷中へ埋葬いたし、老人も落胆《がっかり》遊ばしていると、跡にとり残された岩次でございますが、まだ年も若いにいろ/\奇異のことを目前《めのまえ》に見きゝいたし、両親に別れたんですから現世《このよ》を味気《あじき》なくぞんじ、また両親や兄《あに》姉《あね》の冥福を弔《とむら》わんために因果塚を建立《こんりゅう》したいから、仏門に入れてくれと晋齋にせまります。老人も至極|道理《もっとも》のことゝ、ある住職にたのみ、岩次を仏門に帰依いたさせますると、それから因果塚建立という文字《もんじ》を染ぬきました浅黄《あさぎ》の幟《のぼり》を杖にいたし、二年
前へ 次へ
全79ページ中78ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング