この亥太郎を御処分下せえ」
 國「恐れながら國藏申上げます、その六月十五日夜は私《わし》が切込みまして殺したのでござんす、何《ど》うぞお仕置き下さいますよう」
 森「兄イ、何を云うんだ、蟠龍軒の家《うち》へ切込んだのは誰でもねえ、この森松がやッつけたんで」
 亥「やい、森松、國藏、何を云やがる、お奉行様、此奴《こいつ》らア気が違ったんです、私に相違ございません」
 役「其の方ども控えろ控えろ」
 つくばいの同心は赤房《あかぶさ》の十手《じゅって》を持って皆々の肩を突きましたが一向に聞入れませぬ。お取上げがないので三人とも立上って頻《しき》りに罪を背負《しょ》おうと焦《あせ》って居ります。時に文治が、「これ一同静かにしろ」と睨《にら》み付けられてピタリと止って、平蜘蛛《ひらぐも》のようになって居ります。
 文「恐れながら文治申上げます、此の者どもが御場所柄をも弁《わきま》えず大声《おおごえ》に罪を争います為態《ていたらく》、見るに忍びず、かく申す文治までがお奉行職の御面前にて高声《こうせい》を発したる段重々恐れ入ります、尚《な》お此の上|一言《いちごん》申し聞けとう存じます故、御免を願い奉ります」
 奉「ウム」
 文「これ一同よく承まわれ一人《いちにん》ならず三四人を一時《いちじ》に殺すというは剣法の極意《ごくい》を心得て居らんければ出来ぬことじゃぞ、技倆《わざ》ばかりではなく、工夫もせねばならぬ、まして夏の夜《よ》の開放《あけはな》し、寝たというでもなし、さア貴様たちは何《ど》うして切込んだか、その申し口によっては御検視に御吟味をお願い申そうが、何うじゃ」
 森「何うでも斯《こ》うでも其の時ア夢中でやッつけた」
 と臆面《おくめん》もなく自分の身に罪を引受けようと云う志は殊勝《しゅしょう》なものでございます。

  七

 文治は少しく声を荒《あら》らげ、
 文「これ森松、夢中で人が殺せるか、貴様の親切は辱《かたじ》けないが、人に罪を背負《しょ》うて貰《もろ》うては此の文治の義理が立たない、控えてくれ、お役人様、恐れながら申上げます、全く此の文治の仕業に相違ございませぬ、お疑いが有りますなら誰《たれ》と誰を切りましたのか、一々御吟味の程を願い奉ります」
 奉「亥太郎、森松、國藏、其の方どもが上《かみ》を偽る段不届であるぞ、五十日間手錠組合|預《あずけ》を申付ける、文治郎其の方ことは吟味中|揚屋入《あがりやいり》を申付ける」
 左右に居ります縄取《なわとり》の同心が右三人へ早縄を打ち、役所まで連れ行《ゆ》きまして、一先《ひとま》ず縄を取り、手錠を箝《は》め、附添《つきそい》の家主《やぬし》五人組へ引渡しました。手錠と申しますと始終箝めて居《お》るように思召《おぼしめ》す方もあるか知れませぬが、そうではございませぬ。錠の封印へ紙を捲《ま》き、手に油を塗ってこれを外《はず》し、只吟味に出ます時分又自分で箝めてまいりますだけの事でございます。こゝに松平右京殿、御下城の折柄《おりから》駕籠訴《かごそ》を致した者があります。これは御登城の節よりかお退《さが》りを待って訴える方が手続が宜しいからであります。お駕籠先の左右に立ちましたのはお簾先《すだれさき》と申します御家来、または駕籠の両側に附添うて居りますがお駕籠脇《かごわき》、その後《あと》がお刀番でございます、これは殿中《でんちゅう》には御老中と雖《いえど》もお刀を佩《さ》すことは出来ませぬ、只脇差ばかりでございます。それ故お刀番がお玄関口にてお刀を預り、御退出の折に又これを差上げます為にまいりますので、事によるとお増供《ましども》と申して一二人余計連れてまいる事もございます。其の昔、駕籠訴をいたします者は何《いず》れも身軽に出立《いでた》ちまして、お駕籠脇の隙《すき》を窺《うかゞ》い、右の手に願書を捧げ、左手《ゆんで》でお駕籠に縋《すが》るのでございますから、時に依ると簾を突破《つきやぶ》ることがございます。大概お簾先が取押えて、押えの者を呼んで引渡してしまいますが、屋敷へ帰りましてから其の書面は封の儘に焼棄《やきす》て、当人は町人百姓なれば町奉行へ引渡すのでありますが、実は願書は中を入替えて焼棄るのでございますから、御老中へ駕籠訴をするのが一番|利目《きゝめ》があったそうでございます。右京殿が御下城の折に駕籠訴を致しましたのは、料理店立花屋源太郎でございます。さて源太郎は隙を覘《うかゞ》って右手《めて》に願書を捧げ、
 源「お願いでござい、お願いでござい」
 と呼《よば》わりながらお駕籠の簾に飛付きました。
 供「それ乱心者が、願いの筋あらば順序を経て来い」
 と寄ってたかって源太郎を取押え、押えの侍に引渡してしまいました。右京殿は御帰邸の後《のち》、内々《ない/\》その願書を御覧
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