オや旦那ではないかと様子を聞きやしたところが、確かに大伴蟠龍軒、どうか旦那方を捜してお知らせ申したいと思っている内に、その手柄か何か知らねえが、江戸においでなさる御領主様がお抱《かゝ》えになるとか云う事で、先月末に蟠龍軒めは江戸を指して出立しやした」
 文「それは宜《よ》い事を聞いた、それにしてもお前は何《ど》うして此処《こゝ》へ」
 國「さア、その御不審は御尤《ごもっとも》ですが、越後にいる時分この山中に迷っている美人があると云うことを風の便りに聞きましたから、江戸に帰る途中、もしやと思って昨日《きのう》から捜した甲斐あって、此処でお二人にお目に懸るとは神様のお手引でござんしょう、私《わっち》アこんな嬉しい事はござりやせん」
 文「あゝ、つい話に紛れて忘れて居ったが、お前は何《ど》うして蟠龍軒の顔を知って居《お》るか」
 國「私《わっち》ア一向存じやせんが、女房《にょうぼ》のお浪《なみ》が浅草の茶屋にいる頃から宜《よ》く知って居りまして」
 文「左様か、お前は女房まで連れて私《わし》の跡を慕って来たのか」
 國「へえ、ところが今いう通り、越後で病気に罹《かゝ》りやしたが、私《わっち》ア一文も銭がねえから可愛想だとは思ったが、お浪を稼ぎに……」
 文「なに、お浪を勤めに出したと」
 國「へえ、旦那の為にゃア命を助けられた私《わっち》ども夫婦でござんす、身を売るくれえは当り前《めえ》の事です、さア今からお支度なさいまし、江戸へお供を致しやしょう」
 文「そうするとお前は、お浪を越後へ置去りにして来たのだな」
 國「そんな事は何《ど》うでも宜《い》いじゃ有りやせんか」
 文「いや左様《そう》でない、幸いに文治は二度も難船して、九死一生の難儀をしたが、肌身離さず持っていた金は失わぬ、さアこの金子《きんす》でお浪を請出し、そちは後《あと》からまいれ、礼は江戸で致すぞよ」
 國「そんなら旦那様、折角の御親切を無にするも如何《いかゞ》、このお金は有難く頂戴いたします、御新造様、随分|危険《けんのん》な山路《やまみち》ですからお気をお付けなせえまし」
 町「有難うございます、早くお浪さんを連れて江戸へお帰り下さいまし」
 文「國藏、心置《こゝろおき》なく緩《ゆっく》りと後《あと》からまいれ、さアお町、もう斯《こ》うなったら一刻も早く里へ出て支度をせねばならぬ」
 と衣類其の他《た》の支度をなし、江戸表をさして出立しまして、先《ま》ず本所業平を志して立花屋へまいりますと、何時《いつ》か表は貸長屋になって、奥に親父《おやじ》が隠居して居ります。
 文「御免下さい、立花屋の御主人は御在宅かね」
 主「はい何方様《どなたさま》で、いや、これは/\旦那様、よくお達者でおいでなさいました」
 という言葉も涙ぐんで居ります。
 主「よくまア旦那様、おや、これは/\御新造様でございますか、ようまアお揃《そろ》いで、何方《どちら》からおいでになりました」
 文「いや永々《なが/\》御心配をかけまして有難う存じます、何から申して宜しいやら、何《ど》うも江戸を経《た》って後《のち》はさま/″\な難儀に逢いました」
 町「伯父《おじ》さん、あなたも宜《よ》うお達者で」
 主「さア/\お上りなさいまし……おい、婆《ばア》さん、お茶を持って」
 婆「これはまア旦那様、御新造様、何《ど》うしてまア」
 主「婆《ばゞア》や、御挨拶は後《あと》にしろ」
 主「えゝ旦那様、私も御覧の通りの老人、料理屋を止《や》めまして、只今では表長屋を人に貸しまして、忰《せがれ》は向島の武藏屋《むさしや》へ番頭と料理人|兼帯《けんたい》で頼まれて往って居ります、旦那様はお宅をお払いになりまして、差当り御当惑なさいましょう、実は婆さんと二人で淋しく思っているところでございますから、おいで下さいますれば却《かえ》って好都合でございます」
 と老人夫婦は下へも置かず懇《ねんごろ》にもてなして居ります。

  四十二

 文治も悦んで、
 文「実は差当り居所《いどこ》に当惑いたしましたので、お頼みにまいりました、何分よろしく、お町丁度|宜《よ》かったなア」
 町「まア何より有難う存じます」
 文「友之助や森松は相変らず折々遊びにまいりましょうか」
 主「えゝ、もう皆さんが代り/\お尋ね下さいます、いつも森松さんが来なさると、貴方のお話をしちゃア帰りには泣別れを致します、それからつい十日ばかり以前でございますが、友之助と豊島町の亥太郎さんが落合いまして、旦那様方が無事に蟠龍軒を討って来れば宜《よ》いがと、大層心配しておいでなさいました」
 文「はい、手前どもゝ其の決心で江戸表を立ってまいったのでござりますが、行違《ゆきちが》いまして、又ぞろ江戸へ引返《ひっかえ》してまいるような事になりました、此の上は
前へ 次へ
全56ページ中50ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング