U》きました。掌《て》の上に乗せて、ためつすがめつ見る様は、始めて手にしたものとは思われませぬ。
文「こう喜ぶところを見ると、金《かね》ということを知って居《お》るものと見え。併し島司が有って見れば、この金を遣《や》ったところで、自分の物にするという訳には行《ゆ》くまい」
と感付きましたから、又々銭を出してやりますと、島人は両手を支《つ》き、頭を下げて喜んで居《お》りまする。
三十五
さて文治は島人の喜ぶ様子を見まして、
文「漸《ようや》く心が解けたと見えるわい、さア舟を漕ぐように」
と手真似で知らせますると、島人は頷《うなず》き、箆《へら》のような物を出しまして、ギュウ/\と漕ぎ始めました。只今の短艇《たんてい》のようなものと見えます。始めの内は風もなく、誠に穏《おだや》かな海上でありましたが、夜《よ》の更《ふけ》るに従って浪はます/\烈《はげ》しく、ざぶり/\と舟の中に汐水が入りますのみか、最早|小縁《こべり》と摩《す》れ/\になりまして、今にも覆《くつがえ》りそうな有様でございます。文治は心の中《うち》に、
「又も難船か、何《なん》たる不幸の身ぞ、八百万《やおよろず》の神々よ、どうぞ一命を助けたまいて、一度蟠龍軒に邂《めぐ》り逅《あ》いますよう、又二つには女房お町に逢いまして、共々に敵討の出来まするよう、助けたまえ護らせたまえ」
と思わず声を放ちて祈りますると、島人は不思議そうに文治の顔を見ては、何《ど》うかされるのかと怪《あやし》んで居りまする。文治はそれと心付きて、島人を励まし、自分も力を添えて舟を操《あやつ》りましたが、
文「いや待てよ、何処《どこ》の島へ往《ゆ》くのか知らぬが、磁石も無ければ的《まと》もない、何方《どっち》の方へ往く所存か知らん、困ったものだ」
と思いまして、
文「これ/\島人、何処まで往っても見当が知れぬではないか」
と真似をして見せますと、
島「風暑い」
と申します。さては南の方へ往《ゆ》くのかと少しは安心いたしましたが、兎角する内に東の方《ほう》が糸を引いたように明るくなりました。
文「はゝア、東は彼方《あっち》の方だな、途方もない見当違いをして居《い》るものだ、大分浪も静かになったようだが、こうして居《お》る内には何《いず》れかの島へ着くであろう」
と夜《よ》の明けるに従っていよ/\安心いたしました。よう/\其の日の巳刻《よつ》頃になりますと、嬉しや遥か彼方《あなた》に当り微《かす》かに一つの島が見えまする。これぞ当時は八九分通り開けて居りますが、小笠原島《おがさわらじま》でございます。文治は盲亀《もうき》の浮木《うきぎ》に有附きたる心地して、
「正直の頭《こうべ》に神宿るとは宜《よ》く申した、我は生れて此の方、不正不義の振舞をした例《ためし》はない、天我を憐みたまいてお救い下さるか、あゝ有難し辱《かたじ》けなし」
と喜んで居りますると、俄然《がぜん》一陣の猛風吹き起って、忽《たちま》ち荒浪《あらなみ》と変じました。見る/\中《うち》に逆捲《さかま》く浪に舟は笹の葉を流したる如く、波上《はじょう》に弄《もてあそ》ばれて居《お》る様は真に危機一発でございます。取付く島の見えぬ内は案外|胆《きも》も据《すわ》っておるものでございますが、微《かす》かなりとも島が見えますると、頼りに想う心が出ますので、何《ど》うしても気が焦《あせ》るものでございます。文治も島人も一生懸命になって居りますが、何分|櫓《ろ》一挺《いっちょう》しかござりませぬから、何《ど》うすることも出来ませぬ。浪のまに/\揺られて居ります折しもあれ、大きな岩と岩との間に打込まれました。其の儘にして風の止むのを待って居れば宜しいのでございますが、其処《そこ》が気が焦って居《お》るものですから、
文「やッ、こりゃ大変、もし此処《こゝ》に斯《こ》うして居て、今に波が被《かぶ》って来ると、岩間《いわま》の鬼と消えなければ成らぬ、それッ」
と島人を励まして、岩と岩との間に櫓を挟《はさ》んで舟をこじり出そうと致しましたのが運の尽《つき》、すわと云う間《ま》に櫓は中程よりポッキと折れてしまう。その機《はず》みに舟は再び海上に飛出しました。もう如何《いかん》ともする事が出来ませぬ。どう/″\と寄せ来る波上に車輪の如く廻りながら、彼是二三十丁も押流されましたが、又も大きな岩角へ打付けられて、無慙《むざん》や両人とも打ち処が悪かったと見えて、其の儘絶息いたしました。不思議にも文治が命の助かります次第は後《のち》のお話といたしまして、扨《さて》此方《こなた》は二居ヶ峰の麓《ふもと》、こんもり樹茅《きかや》の茂れる山間《やまあい》には珍らしき立派な離家《はなれや》があります。多分|猟人《かりゅうど》の中《うち》
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