鼬Fよ、私は此の通りの扮装《なり》で居《お》るぞよ、夜《よ》が明けたら穴の様子を見て、どうぞして此の穴を出るゆえ、心あらば助けてくれよ」
と両手を合せて頼みました。
二十五
無心の熊もお町の言葉を聞分けしか、児《こ》を抱いたまゝころりと寝た様子でござります。お町は漸《ようや》く安堵《あんど》して、其の夜は神仏《しんぶつ》へ願《がん》掛けて、「八百万《やおよろず》の神々よ、何卒《なにとぞ》夫文治郎に逢《お》うて敵《かたき》を討つまで、此の命を全《まっと》うせしめ給わるように」と瞬《またゝ》きもせず夜《よ》の明くるまで祈って居りました。其の中《うち》に冬の夜《よ》の明方《あけがた》と見え、穴の口より少し日が映《さ》して居りますが、四辺《あたり》はまだ暗がりで未《ま》だ能く見えませぬ、まるで井戸の中へ這入ったようでござります。恐る/\四方を捜《さぐ》って見ましたが、少しも足掛りはなし、如何《いかゞ》せばやと胸騒ぎいたしましたが、余り騒いで熊が目を覚《さま》し、噛付かれてはならぬと思案に暮れて居ります中《うち》に、もう夜《よ》は明けたに相違ござりませんが、何処《どこ》から上ろうという足掛りもございませぬ。
町「あゝ、世に私ほど不幸なものはあらじ、図らずも夫文治が赦免という有難き日に親の敵《かたき》を知り、多年の欝憤《うっぷん》を霽《は》らさばやと夫と共に旅立ちして、敵討《かたきうち》の旅路《たびじ》を渡る山中にて、何《なん》の因果か神罰か、かゝる憂目《うきめ》の身となりしぞ、たとい此の身は何《ど》うなるとも夫に逢わで死すべきか」
と思わず独語《ひとりごと》した其の物音に熊は起上り、暫く四辺《あたり》を見廻して居りましたが、何思いけん、また穴の入口を目がけ、ひらりと飛上りました。
町「いや、熊が私に噛付かぬは神仏のお蔭か、但《たゞ》しは友を呼びに往《ゆ》き、帰って私を殺す気か、いよ/\噛付く様子なら、私が命のあらん限り突いて/\突殺してくれる、それまでは何事も」
と少しも体《たい》を崩さぬよう身構えて居りました。文治は其の夜二居ヶ峰《みね》の谷々まで根《こん》限り尋ねましたが、少しも足が付きませぬ。その筈でございます、雪は益々|降頻《ふりしき》り、いやが上に積りまして、足跡とても見えぬくらい、谷々は只真っ白になって少しも様子が分りませぬ。其の中《うち》に長き夜の白々《しろ/″\》と明渡りまして、身体はがっかり腹は減る、如何《いかゞ》せばやとぼんやり立縮《たちすく》んで居りましたが、思い直して麓《ふもと》の方へ下《くだ》りました。二居ヶ峰の中の峰より二里半、三俣《みつまた》という処まで来ますると、宿《しゅく》はずれに少しばかり家はござりますが、いずれも門《かど》の戸を閉切《たてき》って焚火《たきび》をして居ります様子、文治はその家の前に立ちまして、
文「もし/\、少々お願い申します、私は旅人でござるが、大雪に難儀を致します故、お助けを願います」
と戸を叩きますと、内より一人の老人、
「あゝ旅の衆か、この雪で御難渋なさるとは、そりゃ気の毒だ、さア明きますからお明けなせえ」
文「はい、有難う存じます」
老「やれ/\此のお寒いのに宜《よ》くお一人で峠をお越しなさいましたな、さア/\火の側へ其の儘お出でなせえまし、やア貴方はお武家様でござんすな、これは御無礼、御免下せえましよ」
文「何《ど》うぞお構い下さるな」
と炉端に両手を出したまゝ、暫く口もきけませぬ様子。
文「当家には鉄砲が掛けてあるが、猟人《かりゅうど》ではござらぬか」
老「はい、左様で、忰《せがれ》が只今出掛けましたがな、此の辺では猟人でなくても鉄砲が無くちゃア一夜でも寝られやアしません」
文「何方《どちら》を向いても山ばかり、恐ろしい獣《けもの》でも来ますかな」
老「左様さ、獣も折節《おりふし》来ますが、第一泥坊が多いので困るでがす」
文「はゝア、そんなに盗人《ぬすびと》が来ますかな」
老「併《しか》し私《わたくし》どもには金も衣物《きもの》もないと知って居ますから、金を取りに来やアしませんが、火打坂や二居ヶ峰あたりで、旅人を殺したり追剥をしたりしちゃア此処《こゝ》まで来て、真夜中に泊めてくれと云って時々戸を叩くでがす、さア明けねえと打毀《ぶちこわ》すぞなんて威《おど》しますからな、其の時にゃア此の鉄砲を一発やるだね」
文「はゝア、して見ると此の辺は盗人の往来と見えますな」
老「時々女が担《かつ》がれたり、旅人が裸体《はだか》で逃げて来るでがす」
思わず文治は、
文「さては其奴《そいつ》らにやられたか、えゝ残念」
と聞いて老人、
老「旦那様、お連れの方でもやられましたか」
文「はい婦人を一人」
老「道理で昨夜《ゆうべ》、曲
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