Jは致さぬぞ、最早これまでなり」
 と身支度して切腹の様子でございます。
 一同「旦那、何を為《な》せえます、あなたは何も知らねえ事、素々《もと/\》こちとらが始めた仕事です、仮令《たとえ》何《ど》の様な事が有ろうとも決して旦那に御迷惑は掛けません、さア斯《こ》うなるからは仕方がねえや、遣《や》る所まで遣付《やっつ》けろ」
 文「此の上尚お徒党を組んで乱暴な振舞をしては上《かみ》の御法に対して済むまいぞ、先《ま》ず一同控えろ」
 一同「何《なん》の、何《ど》うせ晩《おそ》かれ早かれ命の無《ね》え身体だ、それ遣付けろ」
 文「まア/\暫く」
 と制して居ります処へ、江戸より送りの役人を始め地役人《じやくにん》一同表の方へ駈付けてまいりました。切腹と覚悟したる文治は、諸役人の姿を見るより門外に飛出し、後《あと》に続く罪人一同を制しながら、ピタリと両手を支《つか》えて、
 文「え、恐れながら文治申上げ奉ります、只今不法の振舞、皆|私《わたくし》が仕業《しわざ》でござります、御吟味の上お仕置を願います」
 時に江戸役人は、
 「其の方共一同静かにいたせ、文治とやら、只今不法の振舞は其方《そち》一人《いちにん》であると申すか」
 文「御意にござります」
 役「然《しか》らば其の方を召連れ吟味致さねばならぬ、一同の者、文治の吟味中、謹んで居《お》ろうぞ、立ちませえ」
 と文治|一人《いちにん》を連れて役所へまいりますと、続いて地役人一同も引上げました。これは江戸役人の頓智《とんち》で、死物狂いの囚人を残らず召捕《めしと》ろうと致しますと、どんな騒動を仕出来《しでか》すかも知れませぬ故、一時其の場を治めるために態《わざ》と文治|一人《いちにん》を引立てたのでございます。さて江戸役人島役人立会いにて、文治を白洲へ引出し、吟味いたしますと、全く平林が非道の扱いに堪《た》え兼て、囚人一同徒党を組んで暴れ出したという事が分りました。そればかりではございませぬ、平林という奴は誠に横着《おうちゃく》な奴で、平生罪人の内女の眉目《みめ》好《よ》き者がありますと、役柄をも憚《はゞか》らず妾《しょう》にするという、現に只今でも一人《ひとり》囲い者にして男児を設けたということでございます。それに引換えて文治の罪状|送書《おくりがき》を見ますと、下《しも》のような裏書《うらがき》があります。
 「右の
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